第60話「京都へ」
東京駅、新幹線のホーム。颯太は財前と陣内に挟まれるようにして乗り込んだ。
案内されたのは、グリーン車だった。だが、その車両に足を踏み入れた瞬間、颯太は違和感を覚えた。
――誰も、いない。
広々とした座席がずらりと並んでいるにもかかわらず、乗客の姿は、どこにも見当たらなかった。車掌の姿すら見当たらない。まるで、この車両だけが世界から切り離されているかのような、不思議な静けさだった。
「――あの、この車両」
「人払いしてる」
財前が事も無げに、そう言った。
「彼岸の名前を出せば、鉄道会社も大人しく従う。今日だけはこの車両、俺たち専用だ」
その言葉の意味を、颯太はしばらく飲み込めずにいた。一民間企業に対して、これほどあっさりと要求を通せる組織。国家権力そのものの、影のような存在感を改めて実感した。
「これ、料金とか、どうなってるんですか」
「気にすんな。そういうとこは上がきっちり処理してる」
財前はそう言うと、悪びれもせず笑った。颯太には、まだ、その"上"という存在の大きさが、実感として掴みきれずにいた。
「――こういうこと、普通にできるんですか」
「彼岸は裏天皇――いや、正式には御座に連なる組織だ。表向きは存在しない。だが動く時はかなりの権力を持ってる」
陣内が静かに補足した。窓の外、東京の街並みが次第に速度を上げて流れ始める。
「せっかくだ。道中、彼岸の組織構成、ちゃんと教えとくか」
財前はそう言うと、前の座席に手を伸ばした。がしゃんと軽い音を立てて座席を回転させる。颯太たちの席と向かい合わせになった。
「その方が話しやすいだろ」
財前はそう言うと座席の背もたれに深く体を預けた。
「一番上に御座がいる。彼岸全体の頂点だ」
「御座って、どんな人なんですか」
「それは俺たちにもわからん」
陣内が静かに答えた。
「――八咫烏のお二人でも、ですか」
「ああ。会ったことがあるのは大烏の三人だけだ。俺たちですら御座の顔を直接、見たことはない」
その事実に、颯太は改めて、この組織の底知れぬ深さを思い知らされた。
「御座の下に、彼岸本部――大烏が三名」
「大烏、って、八咫烏と別の階級なんですか」
「いや、兼務だ」
陣内がそう説明した。窓の外を流れる景色を時折、目で追いながら。
「八咫烏は十二名と昔から決まっててな。そのうち三名が、同時に彼岸の中枢――大烏として組織運営そのものを担ってる」
「今日、会うのも、その大烏ですか」
「そうだ」
財前が頷いた。
「三条守繁、黒川銀、天海なずな。この三人が今の彼岸の中枢だ」
颯太はその三つの名前を静かに記憶に刻んだ。まだ顔も知らない相手だった。それでも、これから自分の運命を大きく左右するであろう人物たちだと思うと、自然と背筋が伸びた。
「三条の爺さんはお前の処遇に一番、渋い顔をしてた人だ」
陣内が続けた。
「保守派、というやつでな。御座への忠誠が誰よりも強い。今日も簡単には、いかないかもしれない」
「どんな、人なんですか」
「まぁ、現役では一番の年長だな。一見、好々爺そのものに見える。だが、その分、一度決めたことはまず譲らない」
颯太はその人物像を頭の中で思い描こうとした。だが、実際に会うまでは想像の域を出なかった。
「黒川は」
財前が口を挟んだ。その声に僅かな苦々しさが混じっていた。
「あいつは、まあ……会えば、分かる」
「――何か、あるんですか」
「同期でな。犬猿の仲、ってやつだ」
財前はそれ以上、多くを語らなかった。だが、その口ぶりから、只ならぬ因縁があることだけは、颯太にも伝わってきた。陣内が横で僅かに苦笑いを浮かべている。今日、何かが起きる予感を、颯太も密かに感じ取っていた。
「最後の一人、天海さんは」
「あの人が実質、組織の指示系統を握ってる」
陣内の声に確かな敬意が滲んでいた。
「冷静で、公平だ。今回のことも、恐らく、あの人の判断が一番、大きく影響してる」
「すごいですね。女性、ですよね、どんな方なんですか」
「なんつーか、強くて、きれいで、、、怖い人だ。会えばなんとなくわかる。
ただ、あの人が動けば彼岸全体が動く。それだけは確かだ」
颯太は静かに頷いた。三者三様の大烏たち。これから、その全員と対面することになる。
新幹線がトンネルへと差し掛かった。車窓の景色が一瞬、暗闇に飲み込まれる。轟音が車内にこだました。
その暗がりの中、颯太は静かに拳を握りしめた。京都で何が待っているのか、まだ想像もつかなかった。それでも、もう後戻りする道はなかった。
トンネルを抜けると、車窓に再び陽光が差し込んだ。流れゆく景色を、颯太はしばらく無言で見つめ続けていた。




