第59「1つの結論」
連絡が来たのは、天狗寺を訪れてから数日後のことだった。
「――彼岸の拠点に、来てくれ」
澪からの短いメッセージ。指定された場所は、これまで訪れたことのない、都内の古びた雑居ビルの一室だった。
階段を上がりながら、颯太は自然と緊張していた。ようやく陣内の交渉に何らかの結論が出たのだろう。それがどんな内容であれ、覚悟を決めて受け止めるしかない。
颯太が扉を開けると、そこには既に四人が揃っていた。財前、陣内、もも、そして澪。
「――小僧、来たか」
財前がいつもの豪快な笑みで迎えた。だが、その目の奥には、これまでにない真剣な光があった。
颯太は部屋の中央、勧められた椅子に腰を下ろした。五人が輪になるように集まる。
「単刀直入に、言う」
陣内が静かに切り出した。
「京都の本部で、お前の処遇が、決まった」
颯太は思わず息を呑んだ。
「彼岸として、お前を、正式な構成員として、迎え入れる」
その一言に颯太の胸が大きく跳ねた。だが陣内の表情は、まだ緩まなかった。
「ただし、条件がある」
「――条件、って」
「本部の当初の判断は、正直かなり厳しいものだった。即時、捕縛。監禁。柱神から直接、力を受けた前例のない存在を、野放しにはできない、という意見が大半を占めていた」
その言葉に颯太の背筋が冷たくなった。
「それを俺がなんとか、説得した」
陣内は静かに続けた。
「お前を、彼岸の戦力として、活かすべきだ、とな。だが、譲れない一点があった」
「――なんですか」
「もし、お前が暴走した場合。その時は、関東の八咫烏三名――俺、財前、もも、この三人で、お前を討伐する」
部屋の空気が一瞬で張り詰めた。時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえた。
颯太はしばらく言葉を失っていた。財前と、もも に視線を移す。二人とも静かに頷いていた。
「――陣内さんたちが、俺を殺す側になる、ってことですか」
「そうなる。もし、その時が来たら」
もも が静かに口を開いた。いつもの明るさとは違う真剣な声だった。
「うちらは、それを受け入れた。颯太くんを信じてるからこそ、ね」
颯太は深く息を吸い込んだ。恐怖より先に、この人たちが自分のために、これほどの覚悟を背負ってくれたことへの感謝が込み上げてきた。自分を殺すかもしれない役目を、あえて自ら引き受けてくれる――それがどれほど重い決断だったか、想像するだけで胸が締め付けられた。
「――分かりました。受け入れます」
颯太は深く頭を下げた。
「――あの」
颯太は思い切って口を開いた。
澪がちらりと颯太の方を見た。その視線には複雑な色があった。天狗寺で聞いた話を、彼女自身、報告すべきか、それとも颯太自身の口から伝えさせるべきか――ここに来るまでの数日間、ずっと迷っていた。
「天狗寺で、色々、聞きました。常盤の血が
九尾の呪いと関係してるかもしれない、って」
陣内と財前の表情が、同時に僅かに引き締まった。
「それを聞いて、正直、早く、あの夜に跳びたいという気持ちが強くなってます。でも」
颯太は一度、言葉を切った。
「今、跳んだところで何をすればいいのか、俺にはまだ、何も分かってません。闇雲に跳んでも同じ結末を繰り返すだけかもしれない――そう思うと、怖くて」
「そうか、しんどかったな」
陣内が静かに口を開いた。
「たしかに、お前はまだ、あの夜、何をすれば彼女を救えるのか具体的な"答え"を何一つ持ってない」
「じゃあ、俺はどうすれば」
「お前たちの血の因果が巡り巡って今の事態を引き起こしているなら、遠回りに見えても九尾を追う方が近道かもな。彼女がなぜ、あの運命を、辿ったのか。その答えに一番近いのはあの存在かもしれない」
颯太は静かに頷いた。焦りは、まだ消えない。それでも陣内の論理には確かな筋が通っていた。
「分かりました。まず、九尾の手がかりを追います」
「そう来なくちゃな」
財前が颯太の肩を豪快に叩いた。
「それで、まずは京都に行く。本部の連中とも直接、顔を合わせておいた方がいい」
「京都、ですか」
「彼岸の本部だ、伏見稲荷にある」
財前がそう言うと、もも の方をちらりと見た。だが、もも は露骨に顔を背けた。
「――うち、行かへんで」
「なんでだよ、地元だろうが」
「京都行ったら、絶対、髪の色のこと、口うるさく言われるもん。うちはこの桃色、気に入ってんねん」
もも はそう言うと、自分の髪を大事そうに手で押さえた。
「賀茂の家系やのに桃色やなんて、みたいなお小言、何回、聞かされたと思ってんの。もう、うんざりやねん」
その、あまりにも切実な理由に、颯太は思わず噴き出した。張り詰めていた空気が一気に緩んでいく。
「遅めの反抗期だな、天寧が甘やかすからなぁ」
陣内がため息交じりに呟く。
「――もも さんらしいですね」
「なんやねん、その反応」
もも は少し頬を膨らませた。だが、その表情に、これまでの緊張は、もう残っていなかった。
「まあ、仕方ない。もも は東京に残ってもらう。颯太、俺と、財前とで、京都に行くぞ」
「――はい」
颯太は深く頷いた。多くのことが一度に決まった。それでも不思議と心は落ち着いていた。
自分を信じてくれる人たちがいる。そして、その信頼に必ず応えたい。その想いだけが今、颯太の胸の中で静かに揺るぎない芯となっていた。




