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因果のカレント  作者: BNG
因果の深淵

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第58話「春の嵐」

書院を辞し、天狗寺の参道を下り始めた。


行きに見た、あの美しい桜並木が今は、どこか違って見えた。花びらが舞い散るたび、颯太の頭の中で住職の言葉が何度も繰り返される。


――常盤の当主が愛した女性でなければ、人柱として効果がなかった。


その一言が頭から離れない。もし、これが美咲にも関係しているのだとしたら。自分が美咲を愛したこと、それ自体が彼女を何かに巻き込む原因になったのだとしたら。いや、それとも椎葉の因習の方が直接の原因なのか。それとも両方が絡み合っていたのか――。


考えれば考えるほど、答えの出ない問いが次々と頭の中で渦を巻いていった。


澪は何も言わなかった。ただ隣を静かに歩き続けている。颯太はその沈黙に感謝していた。今は上手く言葉を紡げそうになかった。


高尾山口駅、電車の中、立川へ向かう道すがら――颯太はずっと俯いたまま、同じ問いを頭の中で繰り返し続けていた。窓の外を流れる景色すら目に入っていなかった。澪も、また一言も発しなかった。だが、その沈黙は決して冷たいものではなかった。時折、颯太の様子を横目で静かに窺っている。何をどう声をかければいいのか。

澪自身も、その答えを慎重に探しているようだった。


電車の揺れだけが二人の間を静かに満たしていた。


立川駅に着き、改札を抜ける。それでも二人とも、まだ言葉を交わせずにいた。


いつもの児童公園に足が自然と向かっていた。ベンチに並んで腰を下ろす。空は、いつの間にか灰色の雲に覆われ始めていた。遊具で遊ぶ子供たちの声も今日は、どこか遠くに聞こえた。


「――颯太」


ようやく澪が口を開いた。


「今日、聞いたこと、頭の中で、ずっと繰り返してるんだろ」


颯太は答えられなかった。ただ俯いたまま拳を握りしめる。


「もし……もし、俺が、美咲に出会わなければ……」


声が震えていた。


「俺が美咲を好きにならなかったら、彼女はあんな目に遭わなかったんじゃないかって。俺が彼女を呪いに引き込んだんじゃないかって」


颯太の目から堪えきれず涙が零れ落ちた。


「俺のせいなんだ。全部、俺の……」


「颯太」


澪の声が鋭く、その言葉を断ち切った。


「それ以上、言うな」


颯太は俯いたまま肩を震わせていた。次から次へと湧き上がる悪い想像が止まらなかった。


「すべてが、まだ仮説だ」


澪の声が静かに続いた。


「住職の話も断片でしかない。原因が常盤なのか椎葉なのか、それとも、まったく別の何かなのか――今の時点じゃ誰にも断定できない」


「でも……」


「お前には、まだ可能性がある」


澪は颯太の背後にそっと回り込んだ。そのまま両腕を颯太の肩越しに回す。後ろからそっと包み込むような、そんな抱擁だった。


「大丈夫だ。俺が、いる」


その時だった。


ぽつりと頬に冷たい感触が落ちた。


空を見上げる間もなく雨が一気に降り出した。春雨にしては随分と強い雨だった。あっという間に地面の色が変わっていく。だが二人とも動かなかった。傘もない。屋根もない。それでも、その場を動く気にはなれなかった。


颯太は声を殺して泣き続けた。澪は何も言わず、ただその背中を支え続けていた。雨が二人の髪を肩を静かに濡らしていく。冷たさすら今は、どこか遠い感覚だった。


「お前、ちゃんと泣いてなかったんだな」


雨音にかき消されそうな小さな声だった。澪はそう言うと颯太の頭を優しく撫でた。それでも颯太の耳にははっきりと届いていた。


どれくらいそうしていただろうか。颯太の涙は、いつの間にか雨と混ざり合い見分けがつかなくなっていた。


二人はずぶ濡れのまま、ベンチに並んで座り続けていた。誰も動かなかった。公園の桜が雨に打たれ、花びらを次々と散らせていく。地面には散った花びらが、淡いピンク色の水たまりを作っていた。


「――すみません」


颯太はようやくそう呟いた。声は、まだ湿っていた。


「かまわないさ」


澪は短くそう答えた。雨に濡れた前髪が、その目元に張り付いている。


「今日は、そばにいるよ」


颯太は静かに頷いた。冷たい雨が体を芯まで冷やしていく。それでも隣にある確かな温もりだけは消えなかった。


雨はしばらく止みそうになかった。それでも二人は動かなかった。ただ静かに濡れ続ける、その時間を共に過ごし続けていた。街灯が一つ、また一つと灯り始める。滲んだ光が雨粒を通して幾つもの小さな星のように瞬いていた。


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