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因果のカレント  作者: BNG
第2章 因果の起源

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第38話「真相の告白」

河原の石は冷たかった。だが、その冷たさが颯太の意識を、かえって鮮明にしていた。


凪の纏う空気には微かに澄んだ水の匂いがした。それでいて、どこか夜に咲く花のような、涼やかで気品のある香りも仄かに混じっている。


「――君は、"システム"という言葉、聞いたことがあるね」


凪が静かに切り出した。声と同時に、風もないのに川面が僅かに波打った。


「澪さんから。妖を管理する、世界の理みたいなもの、って」


「概ね、合ってる。でも、少し違う」


凪は川面に視線を落とした。月光が水面で細かく揺れている。


「システムというのは、人間が"神"と呼んで崇めてきた存在たちのことだ」


颯太は息を呑んだ。


「神様が――システム?」


「呼び方の違いだよ。異界と現世、人間と妖、生と死。そういうものの均衡を絶えず調整し続けている。それが彼らの役割」


凪は自分の手のひらを静かに見つめた。


「そして、僕は、そのシステムの側に属している」


「――あんたが、神様の一部だってこと?」


「一部、というのも、少し違うかな」


凪は微かに笑った。だが、その笑みには深い疲労のようなものが滲んでいた。


その瞬間、周囲の虫の音が一斉に止んだ。まるで、この場に存在する全てが凪の言葉に静かに耳を澄ませているようだった。


「僕は、その役割を担っているだけだ。凪、という名で」


黙って続きを待った。


「ここはね、昔から大きな氾濫を繰り返してきた。それを鎮めるために人柱が捧げられてきたんだ。長い年月をかけて、その人柱たちの想いが川そのものと結びついて"凪"という存在になった」


「じゃあ、あんたも」


「そう。僕も大昔、人柱だった」


凪の声に僅かな翳りが差した。同時に彼の白髪の先が水に溶けるように一瞬、輪郭を失った。まるで彼自身が川そのものの一部であることを思い出させるように。


「僕という存在は一人の個人じゃない。積み重なってきた、たくさんの想いの集合体だ。だから、"凪"という名前しかない」


拳を無意識に握りしめていた。


「――それが、俺と、どう繋がってるんだ」


「あの日」


凪が颯太を見た。その瞳に確かな痛みが浮かんでいた。


「君が、この川で溺れた、あの日」


颯太の心臓が大きく跳ねた。


「君は人柱になりかけていた。あのまま沈んでいれば君は、システムに取り込まれていたはずだ」


「――でも、助かった」


「違う、僕が助けた」


凪は静かに、そう言った。


「助けようとする、その行為の中で、想定外に僕の力の大半が君へと流れ込んだ」


言葉を失った。これまでただの偶然だと思っていた出来事の裏に、こんな真実があったとは想像もしていなかった。


「じゃあ、俺の目の中にある力は――」


「僕から、君に渡ったものだ」


凪は頷いた。


「本来、僕が抱え続けるはずだった力を、君が代わりに背負うことになった」


右目に触れた。これまで恐れ疎ましく思っていた、その熱の正体が、ようやく輪郭を持った。


「――なんで、俺を助けたんだ」


颯太の声が震えた。


「あんたは、俺のこと、知らなかったはずだろ」


「知らなかったよ、あの時までは」


凪は静かに川面を見つめた。


「でも、目の前で子供が溺れていた。しかも常盤の。それだけで十分だった」


その一言に、颯太は息を呑んだ。常盤の血――それは凪自身の、ずっと昔の姿と重なるものだったのかもしれない。


凪は静かに続けた。


「同じ血を引く子供が目の前で沈んでいく。見過ごせるはずがなかった」


その答えは、あまりにシンプルだった。だからこそ颯太の胸に深く刺さった。


「――でも、失敗した」


凪が続けた。


「君を助けたことで僕の力の大半が失われた。そのせいで僕の"お役"は本来、そこで終わるはずだった」


「終わる、って」


「凪という役割は次の依代に引き継がれる。力を失った僕は本来、もう役目を果たせない」


颯太は息を呑んだ。


「――でも、あんたは、まだここにいる」


「うん」


凪は僅かに目を伏せた。


「なぜだと思う?」


颯太には答えられなかった。


「――君が、まだ、"完全には"僕から力を受け取っていないからだ」


凪の声が静かに、しかし重く響いた。同時に満月の光が一瞬、翳った。雲一つない空だったはずなのに。


「君がその力を制御できず暴走した時。あるいは望んでその力を完全に受け入れた時。そこで初めて"入れ替わり"が起きるだろう」


颯太の全身が冷たくなった。


「入れ替わり――」


「君が次の凪になる。そして僕の"お役"は、そこで本当に終わる」


その言葉を聞いた瞬間、周囲の音という音が一気に遠のいた気がした。川の流れる音も風の音も、まるで水の中に沈んだかのように、くぐもって聞こえる。


震える声で問い返した。


「それって……俺が、あんたになる、ってことか」


「そう」


凪はまっすぐ颯太を見つめた。


「君が凪になる時、颯太という個人は消える。今の僕のようにね。無数の想いが積み重なった、ただの"役割"になる」


そう言い切った直後、凪の瞳がほんの一瞬、揺れた。まるで言葉にした後で何かを言い足りないと感じているような、そんな微かな翳りだった。だが、それが何なのか颯太には読み取れなかった。


その場に崩れ落ちそうになった。


美咲を救いたいという願いが、自分自身の消滅と、こんなにも近い場所にあったなんて考えたこともなかった。


「――それでも」


震える声を必死に絞り出した。


「それでも、俺は」


言葉が続かなかった。美咲を救いたいという願いと、自分自身が消えるかもしれないという恐怖。その二つが頭の中で激しくせめぎ合っていた。


凪は何も言わず、ただ颯太を見つめていた。急かすことも先を促すこともしなかった。ただ静かに颯太自身の言葉を待っていた。


その目には悲しみと、そして、どこか誇らしさにも似た複雑な色が浮かんでいた。


満月が二人を静かに見下ろし続けていた。



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