第二話:地下迷宮の咆哮と、黄金の微睡(まどろみ)
(レイン視点)
「……ったく、最悪だ」
入学式が終わり、学生寮へと向かう並木道。俺は周囲からの突き刺さるような視線に、深いため息を吐いた。
「おい、見ろよ。あれが『エラー』の特待生だろ?」
「測定器を壊すなんて、どれだけ魔力の質が悪いんだよ。不吉だな」
クスクスという忍び笑い。
普通ならショックで寝込むような場面だろうが、俺にとっては好都合だ。
無能だと蔑まれていれば、面倒な行事に誘われることもないし、放課後は存分に寝ていられる。
「レイン、そんなに落ち込まないで。あの測定器が古かっただけよ、きっと」
「いや、落ち込んでないって。むしろ清々しい気分だ……。なあクラリス、寮に着いたら三時間は起こさないでくれよ?」
「ダメ。今日は寮のオリエンテーションがあるわ。……あ、待って。何か来る」
クラリスが足を止めた。
彼女の持つ『紅星帝』譲りの高感度な魔力察知能力が、何かを捉えたらしい。
(……ああ、やっぱり来たか)
俺は心の中で毒づいた。
地下数千メートル。学園の設立時から封印されていた「古の地脈」が、誰かの手によって抉られている。
地中の酸素濃度が急変し、岩石が「生きた魔力」へと変質していく感覚。
錬金術師の俺には、それが手に取るように分かった。
――ズズ……ズズズッ……!!
地面が不気味に震え始める。
「地震……? いや、違うわ! 地底から巨大な魔力反応!」
「おいおい、初日からこれかよ。この学園、セキュリティはどうなってんだ……」
俺は欠伸をしながら、地表の硬度を錬成で密かに強化した。
だが、敵の規模が想定を超えていた。
(ジュリアス視点:第一皇太子)
「何事だ!? 警備兵は何をしている!」
私は中庭で取り巻きたちに囲まれている最中だった。
足元から響く不気味な地鳴り。
次の瞬間、美しい石畳が爆発するように弾け飛んだ。
「ギ、ギシャアアアアアアッ!!」
土煙の中から現れたのは、全長二十メートルはあろうかという巨大な多足類。
地底の魔力に侵食された変異種、『アビス・センチピード』だ。
その甲殻は鋼鉄よりも硬く、吐き出される体液は触れるもの全てを腐敗させる。
「ひっ、魔物だ! 学園の中に魔物が!」
「落ち着け! 私がいることを忘れたか!」
私は腰の剣を抜き放ち、魔力を込める。
金色の光が渦巻き、周囲を照らした。
ここでこの怪物を討てば、私の名声はさらに高まる。
そして何より、遠くでこちらを見ているクラリス嬢に、私の真の力を知らしめる絶好の機会だ。
「焼き尽くせ! 『黄金の閃光』!!」
私の得意とする極光魔法が放たれる。
並の魔物なら灰すら残さない一撃。
しかし。
キィィィィィィィン!!
「……な、何!? 弾かれただと!?」
光の一撃は、百足の鏡面のような甲殻に触れた瞬間、無残にも四散した。
あの怪物の甲殻は、魔法を反射する『対魔銀』に近い性質に変質していたのだ。
「ギシャアアアアッ!!」
怒り狂った百足が、猛スピードで突進してくる。
「殿下、危ない!」
側近たちが叫ぶ。
私は死の恐怖に足がすくみ、動くことができなかった。
(レイン視点)
「……あーあ。皇太子のやつ、あのままじゃ食われるな」
俺は離れた場所からその光景を眺めていた。
正直、自業自得だ。魔法を反射する相手に、力任せの魔法をぶつけるなんて効率が悪すぎる。
「レイン! 助けに行かなきゃ! 私が足止めするから、あなたは先生たちを――」
「いいよ、クラリス。お前が怪我したら、叔母さんに俺が殺される」
「えっ? でも……」
俺はクラリスの前に一歩踏み出した。
面倒だが、ここで学園が半壊したら、俺の「安眠できる場所」がなくなってしまう。
(構造解析……。主成分は石灰岩と魔力伝導銀。なら、結合を一段階ずらせばいい)
俺は地面に指先を触れさせた。
魔力は一切使わない。ただ、世界の理を書き換える「計算」を脳内で行う。
CaCO₃+→CaO+CO₂
いや、もっと簡単にいこう。
『存在そのものを、脆い砂に変える』。
「おい、化け物。そこ、俺の特等席(昼寝場所)なんだわ」
俺はボソリと呟いた。
瞬間、俺の足元から見えない「銀の波紋」が地面を伝わっていく。
それは一瞬で百足の巨体に到達した。
(モルドレッド視点:学園長)
私は窓からその光景を見て、腰を抜かしていた。
「あ、あわわ……アビス・センチピード! なぜあんなものが! 警備結界を錬成し直さねば――いや、待て」
私の目に信じられない光景が飛び込んできた。
皇太子を飲み込もうとしていた巨大な怪物の足元。
そこから立ち上る、銀色の燐光。
次の瞬間。
二十メートルを超える巨体が、まるで『水に溶ける角砂糖』のように、サラサラと崩れ始めたのだ。
「な、なんだと……!? 攻撃魔法の兆候はなかったぞ!?」
怪物の咆哮が悲鳴に変わる。
鋼鉄の甲殻が、見る影もなくただの砂鉄へと変質していく。
それは破壊ではない。
物質としての『定義』を、根底から書き換えられた結果だ。
砂の山の中央で、ぽかんと座り込んでいるジュリアス殿下。
そして、その少し離れた場所で――。
「ふわぁ……。あ、終わったみたいですね。砂遊びでもしてたんですか、皇太子殿下?」
欠伸をしながら、耳をほじっている銀髪の少年がいた。
レイン・フォルテシア。
彼が指を鳴らした瞬間、砂の山が突風に吹かれたように霧散し、中庭は元の(少しボロくなった)石畳に戻った。
「あ、あやつ……。魔法反射の特性を持つ怪物を、分子レベルで『分解』したというのか……!?」
私はガタガタと震えながら、確信した。
彼を怒らせてはいけない。
もし彼が「学園を綿菓子に変えたい」と思えば、一瞬で私は砂糖の塊になるだろう。
(レイン視点)
「な、何が起きた……? 私が、私が倒したのか……?」
腰を抜かした皇太子が、呆然と自分の手を見つめている。
ああ、いいぞ。その調子で「自分の力で倒した」と思い込んでくれ。
幸い、俺の錬成は目に見えるエフェクトがほとんどない。
「すごーい、流石は殿下です!」「あんな化け物を一瞬で砂にするなんて!」
「……え、ええ。まあ、私の『極光』が限界を超えたのだろう。フ、フフン!」
取り巻きたちが皇太子を囲み、称賛の嵐が始まる。
俺はそれを見て満足げに頷いた。
「よかったな、レイン。名誉を譲ってあげて」
「ああ。俺は目立ちたくないからな。さて、これで邪魔者は消えた。クラリス、今度こそ寝るぞ」
「もう、まだオリエンテーションが……! 待ちなさい、レイン!」
俺は追いかけてくるクラリスを適当にあしらいながら、学生寮へと歩き出した。
夕焼けが目に染みる。
明日からは、もっと静かな学園生活になるといいんだが。
……まあ、無理だろうな。
地底の地脈を抉った「犯人」が、まだ学園のどこかに潜んでいる気配がする。
「ま、寝て起きてから考えよう」
俺は二度寝の等価交換として、ほんの少しの「トラブル」を許容することにした。
第2話もお読みいただきありがとうございます!
「魔力ゼロ(実は全知全能)」のレイン、さっそく無自覚に(?)学園の危機を救ってしまいました。本人は手柄を皇太子に押し付けて満足していますが、その異常性に気づいている学園長は生きた心地がしていません。
次回、そんなレインの「怠惰な日常」を壊す、さらなる強敵(?)が現れます。
そして、クラリスの「レイン愛」が爆発するお世話イベントも……!?
【次回予告:第三話「七星帝の休息と、乙女の小言」】
「レイン! 授業中に錬金術でベッドを錬成して寝るのは禁止よ!」
静かな昼寝を求めるレインに、学園の洗礼が降りかかる!
「レイン、よくやった!」「学園長に同情する」と思った方は、
ぜひブックマークと**評価(★★★★★)**で応援よろしくお願いします!
執筆の速度が、レインの錬成速度並みに上がるかもしれません!




