第三話:七星帝の休息と、乙女の小言
(レイン視点)
「……ふわぁ。あー、腰が痛い」
昨日の「砂遊び」のせいで、俺は深刻な睡眠不足に陥っていた。
アビス・センチピードを分解する際、地脈のバランスを整えるために少しだけ神経を使いすぎたらしい。
今、俺が座っているのは学園の広大な講堂。魔法理論の初等講義だ。
壇上では、中年の講師が「魔導回路の基礎」について熱弁を振るっているが、俺にとっては子守唄にすらならない。
(……眠い。けど、ここで寝るとクラリスがうるさいしな)
横を見ると、背筋をピンと伸ばしてノートを取るクラリスの姿があった。
彼女はたまにチラチラとこちらを盗み見ては、俺が寝そうになると容赦なく脇腹を指先で突いてくる。痛い。
「……レイン、起きて。次は『魔力特性と物質の関係性』についての重要な解説よ」
「知ってる。空気中の窒素(N2)と酸素(O2)を魔法で無理やり結合させて爆発させる、非効率な魔法の話だろ?」
「それを『非効率』なんて言うのは、世界中で貴方くらいなものよ」
クラリスは呆れたように溜息を吐いた。
彼女は俺の正体を知っているからいいが、周囲の生徒たちは俺を「魔力ゼロの癖に偉そうな落ちこぼれ」として見ている。
「おい、そこ。私語を慎め」
講師の鋭い声が飛ぶ。
俺は慌てて机に突っ伏した。……いや、これは寝ているのではなく、深く思考しているポーズなのだ。
(モルドレッド視点:学園長)
私は冷や汗を拭いながら、講義の様子を隠しカメラ(魔法道具)で観察していた。
あの【銀星帝】が、あろうことか「魔法の初歩」を教える講義に出席している。
「……恐ろしい。神がアリの生態を観察しているようなものではないか」
講師が黒板に化学式と魔法文字を書き殴っている。
『C12H22O11 + 魔法触媒 -> 爆発的エネルギー(魔力変換率15%)』
「ハッハッハ! これぞ現代魔法の極致! 砂糖一粒からこれだけの熱量を生み出せるのだ!」
自慢げに語る講師。だが、私は見た。
最後尾の席で、レイン君が「……0.1秒で酸化(2C + O2 -> 2CO)させれば変換率は98%まで跳ね上がるのに。無駄すぎる」とボソッと呟いたのを。
「やめてくれ、レイン君。君の基準で現代魔法を裁かないでくれ……私の心臓が止まってしまう」
しかも、彼の周囲だけ重力が数%軽減されている。
恐らく、椅子に座る際の負担を減らすために、無意識に空間を書き換えているのだろう。
歩く環境調整装置。それが七星帝なのだ。
(ジュリアス視点:第一皇太子)
昨日の事件以来、私は苛立ちを募らせていた。
あの巨大な百足を倒したのは、間違いなく私の『極光魔法』だ。……そう確信している。
だが、あの時の感覚がどこか腑に落ちない。
私が魔法を放つ直前、まるで世界そのものが「崩壊」したような、あの不気味な銀の波紋は何だったのか。
「殿下、あんなゴミを気にする必要はありませんよ」
側近が、後ろの席でやる気なさそうにしているレインを指差して笑う。
確かに、あんな男が何かができるはずがない。
だが、クラリス嬢が彼に向ける眼差し。あれは「憐れみ」ではなく、もっと深い、信頼に近い何かだ。
「……おい、貴様。レインと言ったか」
講義の休憩時間。私は彼の席へと歩み寄った。
レインは眠たげな目をこすりながら、面倒そうに私を見上げた。
「……はい、何でしょうか、皇太子殿下」
「貴様、昨日の戦いで何を見ていた? クラリス嬢を盾にして、ただ震えていただけか?」
「ええ、まあ。殿下の素晴らしい魔法に見惚れていましたよ。すごかったですね、あの……ピカッとしたやつ」
白々しい。あまりに白々しい。
褒められているはずなのに、バカにされているような感覚。
私がさらに詰め寄ろうとした、その時だ。
「殿下。授業の邪魔です。お引き取りください」
クラリスが、鋭い氷のような声で遮った。
彼女はレインを背に隠すようにして、私を睨みつける。
「な、なんだと……!? 私はただ、この無能に忠告を――」
「彼は私の『特別』です。貴方に侮辱される筋合いはありません」
――特別。
その言葉が、私のプライドを粉々に砕いた。
(レイン視点)
「……あーあ。ジュリアス、顔が真っ赤だぞ。沸騰(H2O -> 蒸気)しなきゃいいけど」
俺は内心でクラリスに「やりすぎだ」と抗議した。
これじゃ余計に目立つ。俺はただの背景になりたいんだ。
「レイン、少しは自分でも言い返しなさい。貴方はこの国の『星』なのよ?」
「俺はただの『寝不足な生徒』だって。……あ、おいクラリス」
俺の鼻腔を、かすかな「死」の臭いがかすめた。
昨日のアビス・センチピードの腐敗臭ではない。
もっと人為的で、高度に錬成された……毒の臭いだ。
(……この臭い。王宮に仕えていた頃に嗅いだことがあるな。暗殺組織『虚無の秤』か)
俺はあくびをするふりをして、指先を微かに動かした。
空気を薄く「濾過」し、毒素を微粒子レベルで吸着して無害化する。
講堂の空気清浄完了。所要時間は0.02秒。
「……ねえ、レイン? 今、何かした?」
「ん? 鼻がムズムズしたから、空気を少し入れ替えただけだ。あーあ、早く帰って寝たいな」
クラリスは疑わしげに俺を見ていたが、やがて呆れたようにノートに戻った。
どうやら、この学園には俺の安眠を妨げる奴らが多すぎるらしい。
せっかく「無能」のフリをして入学したんだ。
邪魔する奴は、等価交換の代償として……少しだけ「痛い目」を見てもらうしかないな。
俺は再び、机に顔を伏せた。
銀色の瞳の奥で、真理の数式を走らせながら。
第3話をお読みいただきありがとうございました!
今回は「学園生活(という名の二度寝タイム)」と、それを見守る(?)学園長の苦悩をお届けしました。クラリスの「特別」発言で、皇太子の嫉妬ゲージもマックスに……!
そして、不穏な組織の影もちらほら。レインは無事に二度寝を守り抜けるのでしょうか?
【次回予告:第四話「月下の死神と、銀の錬金術」】
学園の夜に忍び寄る暗殺者の刃。
「……悪いけど、寝込みを襲うのはマナー違反だぞ」
ついにレインが、本物の「暗殺」の技術を錬成で圧倒する!?
「クラリス、もっと言ったれ!」「レイン、不憫すぎる……」と思った方は、
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