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第一話:銀の星は眠りたい

(レイン視点)

「――レイン、起きて。あと三秒で起きないと、あなたのベッドを液体窒素で凍らせるわよ」

冷徹な、しかし聞き慣れた鈴の音のような声。

俺は枕に深く顔を沈め、全力で現実逃避を決め込んだ。

「……あと一世紀。それくらい寝れば、俺の錬金術なら不老不死くらい余裕で……」

「ダメよ。今日は入学式。エリアナ母様が仰っていたわ。『あの子が遅刻したら、学園の時計塔を丸ごと貴方の銅像に錬え直して晒し者にする』って」

その言葉に、俺の眠気は音を立てて霧散した。

あの叔母さんならやりかねない。いや、むしろ楽しそうにやる。

俺は重い体を起こし、目の前に立つ銀髪の美少女――クラリスを見上げた。

「……おはよう、クラリス。朝から最高の脅しをありがとう」

「わかってくれればいいの。はい、顔を洗って。制服はここに置いておくわね」

甲斐甲斐しく立ち働くクラリス。

彼女は俺の師匠であり、育ての親でもある七星帝【紅星帝】エリアナの娘だ。

世間では「戦場の女神」だの「氷の才女」だの呼ばれているが、俺の前ではただの世話焼きな幼馴染である。

俺の名はレイン・フォルテシア。

この国に七人しかいない、国家戦略級魔導師『七星帝』の一員。

……というのが、表に出せない俺の本当の姿だ。

「はぁ……。なんで俺が学園なんて。ここで寝てちゃダメなのか?」

「ダメに決まっているでしょう。貴方はこれまで戦場と研究室を往復するばかりで、同年代の友達が一人もいない。それを母様も、そして国王陛下も危惧されているの」

国王、つまり俺の叔父にあたる人は、俺が亡き父上の面影を継いでいることを知っている。

だからこそ、俺に「普通」の人生を経験させたいらしい。

……一国を更地にできる人間を「普通」の中に放り込む方が、よっぽど危険だと思うんだが。

「いい? レイン。学園ではあなたは『魔力を持たない特待生』。私の家令の息子という設定よ。絶対に正体を明かさないで」

「わかってる。目立たず、騒がず、二度寝を愛する。俺のモットーだ」

俺は鏡を見て、自分の顔を確認する。

どこにでもいそうな、覇気のない少年。

まさかこの指先一つで、2Au+3Cl₂→2AuCl₃(塩化金錬成) から物質の概念崩壊までやってのけるとは、誰も思うまい。

(モルドレッド視点:魔法学園長)

私は学園長室で、震える手で一杯の安物のワインを煽っていた。

目の前のデスクには、国王の親書と、あの「紅の女帝」エリアナからの脅迫状……もとい、推薦状が並んでいる。

「……よりによって、あの【銀星帝】を預かれだと? 死ぬ。私は確実に寿命が縮む」

レイン・フォルテシア。

若干十六歳にして、失われた『錬金術』を操り、七星帝に登り詰めた怪物。

そして何より――私の師匠エリアナが「あの子だけは絶対に怒らせるな」と、顔を青くして語るほどの存在。

かつて、彼が八歳の頃。

演習場で放たれた最上位の極大魔法エクスプロージョンを、彼は欠伸をしながら指一本で『空気』へと還元したという。

魔法を無効化するのではない。魔法という概念そのものを、全く別の無害な物質へ書き換えるのだ。

コンコン、と控えめなノック。

「失礼します。特待生のレイン・フォルテシア、挨拶に伺いました」

心臓が跳ね上がった。

私は慌ててワインを隠し、背筋を伸ばす。

入ってきたのは、どこか眠たげな、細身の少年だった。

「ひゃ、ひゃい! 待っていたよ、レイン君!」

「……学園長、声が裏返ってますよ。それに、隠しきれてないワインの瓶が落ちそうです」

「あわわわ! これは、その、薬用酒でね……!」

私は必死に平静を装った。

彼から魔力は感じられない。測定器にかければ、間違いなく「ゼロ」と出るだろう。

だが、私の本能が告げている。

この少年の周囲だけ、世界の法則が歪んでいる。彼の一呼吸ごとに、酸素の分子が彼の意志に従って踊っている。

「レイン君。君の身分は、私と国王陛下、そしてクラリス君の三名しか知らない。君はあくまで『魔力ゼロの落ちこぼれ』として過ごしてもらうことになるが……」

「構いません。むしろそれがいいです。静かに寝かせてくれるなら」

「そ、そうか。それならいいんだ。ただ……一つだけ。もし、もし万が一、誰かに絡まれても、学園を消滅させるのだけは勘弁してくれたまえよ?」

「……努力します」

少年の死んだような目が、少しだけ揺れた。

その冗談とも本気ともつかない返事に、私はただ、胃をさすりながら頷くしかなかった。

(ジュリアス視点:第一皇太子)

入学式の講堂。

私は最前列で、周囲の賞賛と羨望を一身に浴びていた。

王族として生まれ、類まれなる魔力を持ち、いずれはこの国を統べる。

それが私の運命であり、当然の権利だ。

だが、そんな私の矜持は、一人の少女によって打ち砕かれた。

「――クラリス・エインズワース嬢。私の隣の席を空けておいた。光栄に思うがいい」

私は最高に洗練された微笑みで彼女に声をかけた。

エリアナ閣下の令嬢。彼女を妃に迎えれば、私の権力は盤石となる。

しかし、クラリスは私を一瞥だにせず、平然と言い放った。

「お断りいたします、皇太子殿下。私はあそこに座る方の隣にいると決めておりますので」

彼女が指差したのは、最後尾の席。

そこには、あろうことか口を開けて船を漕いでいる、薄汚い銀髪の男がいた。

「……なんだ、あの無能そうな男は。魔力が微塵も感じられないぞ?」

「レイン、起きて。入学式が始まるわよ」

クラリスが、あの「氷の女神」と謳われる彼女が、甲斐甲斐しくその男の寝癖を直している。

その献身的な姿。その親愛に満ちた瞳。

私がどれだけ求めても手に入らなかったものが、そこにはあった。

(あり得ん。私を差し置いて、あんなゴミ屑のような男に……!)

私の心の中で、どす黒い嫉妬が鎌首をもたげた。

許さない。私のプライドに泥を塗った代償は、高くつくぞ。

(レイン視点)

「……ふわぁ。終わったか?」

「終わってないわよ。今から魔力測定よ。新入生の序列を決める、一番大事な行事よ」

クラリスに揺り起こされる。

壇上には、巨大な水晶体が設置されていた。

あれに触れることで、魔力の「量」と「質」が数値化される仕組みだ。

次々と生徒たちが測定を終えていく。

平均的な魔力値は「100」。

そんな中、あの金髪の皇太子――ジュリアスとか言ったか――が測定器に触れた。

『魔力値:12,000! 属性:極光!』

会場が割れんばかりの歓声に包まれる。

「流石は皇太子殿下だ!」「歴代最高値じゃないか?」

ジュリアスは鼻高々に壇上を降り、すれ違いざまに俺を冷たく睨みつけた。

「次は……特待生、レイン・フォルテシア君。前へ」

学園長の震え声が響く。

俺はあくびを噛み殺しながら、壇上へと上がった。

会場からは、「特待生?」「あんな奴、聞いたことないぞ」とひそひそ話が聞こえる。

俺は適当に、水晶に手を触れた。

(さて……普通なら、魔力を持たない俺の数値はゼロだ。だけど、それだと目立ちすぎるかな。少しだけ『周囲の魔素マナ』を吸着させて、平均値くらいに見せかけるか……)

そう思って、俺は少しだけ指先を『錬成』の形にした。

だが。

「あ」

しまった。

昨日、エリアナ叔母さんにこっぴどく扱かれたせいで、出力の調整が狂っていた。

俺の指先が水晶に触れた瞬間――。

パリンッ。

軽やかな音を立てて、国宝級の魔力測定器が、ただの『砂』に変わった。

一瞬の静寂。

「……え?」

誰かの声。

学園長は白目を剥いて倒れそうになり、クラリスは額を押さえて天を仰いだ。

測定器の結果表示魔法が、無理やり計算を弾き出そうとして――エラーを起こす。

『魔力値:測定不能(ERROR)』

沈黙の後、爆発的な嘲笑が巻き起こった。

「おい見ろよ! 測定不能だってよ!」

「エラーなんて初めて見たぞ。魔力が無さすぎて、機械が反応しなかったんだな!」

「特待生って、もしかして『笑いの特待生』か?」

ジュリアスが、勝ち誇ったように笑った。

「……フン、ゴミめ。クラリス嬢の隣に座る資格など、これっぽっちも無かったな」

俺は、降り注ぐ嘲笑の中で、深く溜息をついた。

(……ああ。これでいい。これで俺は「無能」として、静かな三年間を送れる……はずだ)

俺は砂になった測定器の残骸を横目に、足早に壇上を降りた。

だが、俺は気づいていなかった。

学園の敷地外――王都の地下深くで、巨大な魔獣の咆哮が響いたことに。

そして、その咆哮を止められるのが、今この場で笑われている「無能」な俺だけだということに。

俺の「寝るための戦い」は、まだ始まったばかりらしい。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

本作は「最強なのに怠けたい」「魔法社会で一人だけことわりの違う錬金術を使う」という、少し懐かしくもワクワクするような要素を詰め込んだ物語を目指しています。

第1話では、お約束の「測定不能(物理)」をやってのけたレインですが、本人は至って真面目に(二度寝のために)無能を演じようとしています。果たして、過保護すぎる幼馴染のクラリスや、彼を恐れる学園長、そして早くもライバル心剥き出しの皇太子に囲まれて、平穏な昼寝生活は守れるのか……。

次回、さっそく学園に「招かれざる客」が訪れます。

レインが「面倒くさそうに」世界最強の力を見せつけるシーン、ぜひご期待ください!

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