第一節:砕け散る脊椎、鉄の物量がもたらす崩落
大気そのものが重量を持った鉄の壁と化し、幾重にも重なる渓谷の襞を圧殺しにかかっていた。
清朝本隊が据え付けた三十門もの紅夷大砲が、一斉にその火蓋を切った。不均一な山の起伏を叩き潰すためだけに調合された大量の硝石が、断続的な爆音となって山脈を揺るがす。
それは、大地から生え出た集落の「脊椎」を、一本ずつへし折っていくかのような、冷酷な軍令の執行であった。
ふもとの隘路を埋めた砲床から撃ち上げられる鉄の弾丸は、正確な放物線の連鎖となって、連綿と山を支えてきた古い碉楼の腹を容赦なく抉っていく。ルオたちが何代にもわたり、泥と粘板岩の重心を噛み合わせることで維持してきた不変の構造が、外の世界から持ち込まれた圧倒的な質量と熱の暴力によって、次々とその均衡を破られていった。
西側の尾根を守っていた第三の石塔が、ひときわ高い悲鳴を上げた。
砲弾がその基部を貫いた瞬間、数百年分の時間を抱えて垂直に立ち尽くしていた巨躯が、まるで内側から自壊する生き物のように、ぐらりと傾く。
「逃げろ! 塔が、塔が崩れるぞ!」
誰かの叫びが響いたが、それも凄まじい崩落の轟音にかき消された。
組み合わされていた無数の歪石が、互いの拘束を解かれ、一条の泥流となって斜面を流れ落ちていく。ルオの目の前で、慣れ親しんだ「石の骨組み」が無残に砕け散り、細かな塵となって大気へと還っていった。
その瞬間、ルオの肺を襲ったのは、これまでに経験したことのない、熱く乾燥した土煙だった。
数百年ものあいだ、大地の底で暗黒を吸い込んできた石の粉が、いまや白煙となって渓谷の隅々までを埋め尽くしていく。その土煙は、吸い込むたびに喉の粘膜をざらつかせ、血の味を呼び起こした。視界は一瞬にして灰褐色に塗り潰され、数歩先で槍を構える仲間の姿さえ見失うほどの絶望が、重く立ち込める。
「……アウ、ルォ、まだだ、まだ怯むな!」
ルオは激しく咳き込み、涙で歪む目をこすりながら、崩れた防壁の残骸へと這い寄った。
手のひらに触れたのは、先ほどまで冷たく強固だったはずの石肌ではない。砲撃の熱を吸って異様に熱せられた、砕けた岩の断面だった。その熱さは、まるで先祖たちが築き上げた要塞が、死に際に放った断末魔の体温のようだった。
周囲からは、石片に潰された仲間たちの、濁った呻き声が聞こえてくる。衣服を真っ赤に染め、引き裂かれた肉を泥まみれにしながらも、彼らはなお、這いずるようにして弓を取り、崩れ残った石の隙間から下方の赤黒い炎を睨みつけていた。
血の生臭さと、焦げた山羊の毛皮の臭い、そして帝国の火器が放つ強烈な硫黄の臭気が混ざり合い、戦場を支配している。
ルオの頬を、弾け飛んだ石の鋭利な破片がかすめ、熱い一筋の血が顎へと伝った。しかし、彼の指先は、恐怖ではなく烈しい不服従の怒りによって震えていた。
清軍の放つ鉄の弾丸は、どれほど彼らの家を砕き、肉体を傷つけようとも、この険しい山そのものを消し去ることはできない。彼らは文字を持たず、法を持たない。ただ、この泥と石の不規則な連なりの中に、自らの命を、そして先祖の戦術を溶け込ませて生きてきたのだ。
「まだ弓は引ける! 石の陰に潜め! 奴らの足元を、地を這う泥となって撃て!」
ルオは割れた爪から赤黒い血を滲ませながら、崩壊した主塔の破片を鷲掴みにした。
頭上からはなおも、鉄の物量がもたらす暴力的な雨が降り注いでいる。四角四面に統制された帝国の火線に対し、ルオたちは砕け散った石の死骸を泥とともに掴み直し、道なき断崖の闇へと肉体を沈めていく。
要塞の脊椎は砕かれた。だが、山脈の襞に深く潜り込んだ民の執念は、まだ一寸も磨り潰されてはいなかった。




