その527 メス豚と謎の大岡裁き
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現在、クロ子達がいるバルドリド山。
そこから西北西に十キロ程進むと現れる大きな都市。この国の王都、ケッセルバウムである。
ヒッテル王国は国力、軍事力で隣国のサンキーニ王国と良く比較されるが、唯一、その歴史の長さだけは大きく水をあけられている。
実はこの国は(あくまでも大陸の他国と比べると)比較的新しく誕生した国なのだ。
そんな事情は町の景観にも良く表れている。
隣国の王都と比べると、ケッセルバウムの建物はどれも小さく、高い建物もあまり目立たない。それだけ土地に余裕があるのだろう。あるいは広い道や整理された区画のせいで余計にそう感じられるのかもしれない。
そんな王都ケッセルバウムの中心部を占める貴族街。その中でも特に王城に近い位置にある広大な屋敷。
この国の貴族で、ここが誰の屋敷か知らない者など誰一人としていない。
代々、この国の宰相を務めている名門、バルバーリ公爵家の屋敷である。
屋敷の分厚く重いドアがノックされた。
「父上、失礼します。――昼間から飲んでおられたのですか?」
部屋に入って来たのは身だしなみの整った落ち着いた雰囲気の中年男性。バルバーリ公爵家の現当主、ドミトル・バルバーリ公爵である。
大きなデスクに置かれたカップからは濃厚なワインの匂いが漂っていた。
「ふん。屋敷から一歩も出られないのは不満だが、地下室のワインを片付けるにはいい機会だ。こんな事でもなければ忙しくてそんな暇もなかったからな」
部屋の主は初老の貴族。大柄な男だ。私室にいるにもかかわらず、着衣にはしわやヨレの一つもなく、背筋はピンと伸びて揺らがない。子供が見ればおびえそうないかつい顔は、酒気を帯びてやや赤くなっている。
この国の現宰相、カルダーラ・バルバーリである。
「それよりも父上。お覚悟は決まりましたか?」
「このワシにたかが伯爵家にひざを折れと? そんな事が出来るか」
「まだそのような事にこだわっていらっしゃるのですか? 以前にも言った通り、父上は何も気にされる必要はないのですよ。全ては私にお任せ下されば良いのです。父上にやって欲しいのは、私を次の宰相に任じて頂く事だけなのですから」
ディアーコ伯爵を盟主とする反乱軍。軟弱で知られるヒッテル国王では、狂人公とも呼ばれるドルド・ロヴァッティの苛烈な攻めには耐えられなかった。
国王は国を捨てて逃亡。指導者を失った王城は反乱軍に降伏せざるを得なくなった。
こうして王都に入った反乱軍は、現政権の首脳部を次々に捕縛した。
そんな中、宰相が自分の屋敷に軟禁されるだけで済んだのは、ディアーコ伯爵が必要以上に事を荒立てるつもりがなかったため――彼本人は状況に流されて不本意ながら反乱軍の盟主に収まってしまっただけで、本当は王家に弓引く意思などなかったため――だと思われる。
「黙れ、裏切り者が! バルバーリ公爵家の歴史に泥を塗りおって!」
「父上、失礼ですが父上は時流が読めていらっしゃらない。我々を捨てて逃げ出した王家に、いつまで忠義を捧げるつもりなのです。私だって本当ならこんな事はしたくはありません。ですが、これもバルバーリ公爵家を守るためなのです。どうしてそれを理解して下さらないのですか」
王城に入った反乱軍の首魁、ディアーコ伯爵の下には、多くの貴族達が面会を求めて殺到した。
かつての主君が逃げ出した今、彼らは自分達の身は自分達で守らなければならなくなったからである。
公爵家当主、ドミトル・バルバーリもその一人だった。
彼は自分が宰相の地位を継ぎ、今後のディアーコ伯爵の統治に協力する事で、今まで通りの地位を約束して貰ったのである。
「何が時流を読むだ、目の前の状況に踊らされおって! 伯爵家をトップにした支配など、長く続く訳があるか!」
「仮にそうであったとしても、その場合には父上がいます。私が宰相の座を退き、父上が宰相に復帰すれば、それ以降もバルバーリは政治の中心として存続して行く事が出来るのです」
「それが浅知恵だと言うのだ! お前は現実を自分の都合の良いようにしか見ておらん!」
「父上は自分の目で狂人公を見ていないからそんな事が言えるのです! あの恐ろしい戦いぶりを見れば、伯爵に付くしかない事がイヤという程分かるはずですよ!」
狂人公ドルド。顔の半分を漆喰で固めた狂騎士は、今回の内乱で数多くの武勲を立てている。
その鬼気迫る容赦ない戦いぶりは、直接相対した国王側だけでなく、味方からも恐れられ、忌避されていた。
「情けない。お前はこの家を守るためと言いながら、結局、自分が怖いだけではないか。自分がロヴァッティの子倅と相対するのが怖いから、大義名分の下に逃げているだけ。臆病者の言い訳に家の名を使っているだけではないか」
「――っ! ち、父上が私の事をどう思おうと勝手ですが、伯爵はいつまでも待ってはくれませんよ。私は父上の名誉のためにも、穏便な形で宰相の座を退いて頂きたいと考えています。どうかその点だけはお忘れなきように」
「ふん」
痛い所を突かれてしまったのだろう。公爵は顔色を変えると、肩を怒らせながら部屋を出て行った。
宰相は残ったワインを手に取ると、まるで泥水でも飲むような渋面で流し込むと、デスクの上の呼び鈴を鳴らした。
「誰か! 酒を持ってこい! さっきのよりも強いヤツだ! 急げ!」
窓の外を見ながら待つことしばらく。やがて使用人が陶器の壺を抱えて現れた。
「そこに置いて下がれ――むっ」
宰相は手を振って使用人を下げようとしたが、男の顔を見て言葉を飲み込んだ。そして表情を改めると小さく声を潜めた。
「――良い知らせか?」
「はい。件のサッカーニ流の師範代に無事接触する事が出来ました。やはりダリア姫殿下はバルドリド山の彼らの総本山に匿われているとの事です」
「なんと! あの噂は本当だったのか!」
男は影の者――つまりは王城に仕える諜報員だった。
宰相は彼らに王都を発った後の王家の行方を探らせていたのである。
「あちらに直接連絡は付くか?」
「無論問題なく。ただ噂が予想以上に広まっておりますゆえ――」
「あまり時間はないという事か。分かった、良く知らせてくれた。次の命令を待て」
「はっ」
宰相は酒の壺を受け取ると使用人を――正確には使用人に化けて屋敷に潜入していた諜報員を――下がらせた。
彼は受け取った酒を空のカップに注ぎながら独り言ちた。
「逃げ遅れたのがダリア様だったのは不幸中の幸いだった。申し訳ないが、もし仮にこれが陛下だった場合、一度国を捨てたあの方が今更号令をかけたとしても兵は誰も集まらなかっただろう。その点、ダリア様は民からの支持が非常に高い。こちらの旗頭となって頂くには申し分のないお方と言えよう」
運の良い事に、今は狂人公ドルドが王都を空けて領地に戻っている。国境に侵入してきたサンキーニ王国軍に対応するためである。
とはいえ、そちらも一旦はケリがつき、今は休戦状態にあるという。
こうなればいつ、ドルドが戻ってくるかは分からない。ダリア姫の噂が広まっている件といい、時間はあまり残されてなさそうである。
「フフフ・・・手が震えておるわい。ワシも存外臆病者よ」
宰相は勢い良くカップを傾ける。強い酒が一気に流れ込み、熱く彼の喉を焼くのだった。
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サステナは腕組みをしながら上機嫌で我々を見回している。
「よし、これで誰も文句はねえな!? じゃあお前ら代表を選べ! 総本山代表対クロカン代表の三対三の勝ち抜き戦だ!」
いやいや、何が勝ち抜き戦だよ。何が『これがサッカーニ流、ケンカ両成敗』だよ。
誰も文句はないな、も何も、文句しかないんだが?
私らは一方的に難癖を付けられただけの被害者なんだが?
そんな私らがなんでアイツらと一緒に成敗されなきゃならない訳?
そりゃ確かに、騒ぎを起こしたのは悪いと思うよ。けど、それだって元をたどれば、サステナが私らにここで寝泊りするように指示したのが原因だった訳じゃない?
さすがはサステナ。とんだ大岡裁きもあった物である。
ところが不満そうにしているのは私だけ。脳筋のカルネは『やっと暴れられるぜ』とばかりに生き生きとしているし、なんなら他の隊員達もちょっと興味ありげにしている。
じゃあアンドレーオリ派? のヤツらはと言うと、あっちはあっちで『やるからには負けられない』といった感じで気合十分な顔をしている。
えっ? なんでお前らはこんなジャッジに納得出来る訳? サステナを筆頭にここにはバカしかいないのか?
「負けた方は大人しく勝った方に頭を下げて謝る。そして今回の騒ぎの責任を取る。言い訳は一切なしだ。いいな?」
「「「おう!」」」
いや、何が『おう!』だってばよ。
お前ら雰囲気に流され過ぎだってばよ。
混乱する私にサステナが嬉しそうな顔で振り返った。
「総本山代表のリーダーはこの俺だ。そしてクロ子、当然、クロカン代表のリーダーはお前だよな。いやぁ、コイツは楽しくなって来たぜ」
いや、なんでそうなるし。
てか、試合とはいえ、こんな化け物とやり合うなんてまっぴらごめんなんだが。
次回「メス豚と勝ち抜き戦」




