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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十六章 亡国の姫編
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その526 メス豚と本日二度目の騒ぎ

 我々の寝床(として案内された武道場)に乗り込んできた男達。彼らを率いている偉そうな青年は、自らをアンドレーオリ派の師範代と名乗った。

 クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の第一分隊隊長、大男のカルネがこちらに振り向いた。


「ヒソヒソ(おい、クロ子。確かサステナってここの師範だったよな? コイツが言ってる師範代ってのとはそれとは何か違うのか?)」

『ブヒブヒ(ザックリ言うと、師範はそこの道場のトップな訳ね。で、師範代ってのは、その師範から免許皆伝を貰って弟子を指導する立場になった人の事を言うらしいわ』


 師範の代理だから師範代。要はアレだ、大学における教授と准教授みたいなノリだな。

 カルネと一緒にこちらの話にコッソリ聞き耳を立てていた隊員達は、『なるほど』と頷いた。


「ヒソヒソ(ふむ。つまりコイツは下っ端って訳か)」

「お前達、声を潜めて何を喋っている! 無礼だぞ!」


 我々の態度が癇に障ったらしく、師範代の青年は怒鳴りつけた。

 てか、現れてからこっち、コイツは怒鳴ってばかりいるな。


「なんでもねえよ。それでアンタ。俺達に一体何の用があるんだ?」

「貴様ら亜人ごときに用はないわ! 我々が用があるのはこの修練所だけだ!」


 あー、つまりはこういう事ね。

 コイツらアンドレーオリ派の連中は、室内練習をしようとこの建物へとやって来た、と。するとそこには見慣れぬ先客が――つまりは我々がいた、と。

 なんだ分かってしまえば案外しょうもない理由だったな。

 カルネは白け顔で肩をすくめた。


「ここで練習がしたかっただけかよ。だったらそんな風に頭ごなしに怒鳴らなくたって、最初からそう言ってくれたら良かったじゃねえか。じゃあ俺達は邪魔にならないように隅に避けているから、そっちは空いた場所を好きに使ってくれ」

「ふざけるな!」


 次の瞬間、青年は大きく踏み込むと、担いでいた槍をカルネに突き出した。

 抜き身の穂先がカルネの喉元に突き付けられる。

 コイツ、マジかよ。

 突然の事態に室内の空気が一気に凍り付いた。


「・・・テメエ、これは一体どういうつもりだ?」

「どういうつもりだと? それを貴様が言うか! 我々は誇り高き王家の槍術指南役! その秘奥技をどうして貴様らごとき野人共の目にさらさねばならん! 身の程を知るがいい!」


 隊員達はカルネを助けに行こうと青年のスキを伺うが、なにせこちらは全員、武器を取り上げられている。

 そもそも、アンドレーオリ派の門下生が間に入って近寄らせようとしない。

 クロカンの副官ウンタがチラリと私に目配せをした。私の魔法でどうにか出来ないかと言いたいのだろう。

 私はそれに答えて小さく首を振った。


(ダメ。無駄に大きなカルネの背中が邪魔だから)


 そう、ここからだと絶妙に角度が悪く、相手が完全にカルネの体の死角に入ってしまっているのだ。

 ウンタはひとまず頷くと青年に向き直った。


「落ち着け。外に見張りがいたのを見なかったか? 俺達はここの師範達との約束でこの場を動く事が出来ないだけで、決してお前達の邪魔をしたい訳ではないんだ」

「こざかしいヤツめ! 師範の名を出せば俺が折れるとでも思ったか! 我らアンドレーオリ派は王家の槍術指南役ぞ!」

「ケッ。指南役指南役と、さっきからいかにも自分達が偉いみたいに言っているが、王家の槍術指南役なのはサッカーニ流で、そのアンドレなんとかじゃないくせしてよ」

「なに!? 貴様ァ!」


 ちょ、カルネ、お前何相手を煽ってんねん。せっかくウンタが青年に話しかけて時間稼ぎをしてくれてるってのに。

 しかし、カルネの言葉は止まらない。


「クロ子が言ってたぜ。アンドレなんとかは型稽古が上手いだけの見掛け倒し野郎だってな。だったら何もビビるこたぁない。アンドレなんとかがその程度なら、弟子のお前達の実力だってたかが知れてるってモンだからな」

「亜人ふぜいがふざけた口を! もう許さん!」

「止めろカルネ! これ以上相手を挑発するな!」


 こりゃマズい。こうなってしまえば四の五の言ってはいられない。

 私はパッと横っ飛び。強引に視界に青年を捉えた。

 その瞬間、青年が槍を握った手に力を込めるのが見えた。

 やるなら今しかない。

 だが、いくらこちらの正当防衛とはいえ(そして相手がまるで会話の通じないモンスタークレーマーだったとしても)、ここで命を奪ってしまったら、サッカーニ流との関係が修復困難にまでこじれてしまう。

 なにせこんなヤツでも、一応はサッカーニ流師範代の端くれ。組織としては身内に手を出されてしまったら、落とし前をつけなければならなくなるのが道理である。


『だから間違っても殺してしまわないように、頭部を狙うのは論外。だからといって、胴体も当たり所が悪ければ、内臓が傷ついて助からない可能性も出てくる。狙うなら手足。現実的には腕よりも大きく、距離も近い脚部一択。くらえ最も危険な銃弾(エクスプローダー)!』


 その瞬間、青年がギョッと目を剝き出しにしてこちらに振り返った。

 どうやらこの世界の達人達の例に漏れず、コイツも魔力の流れを殺気という形で察知したらしい。

 一応、こんなヤツでもサッカーニ流の師範代という訳だな。

 まあ、今更遅いんだが。


「くっ!」


 次の瞬間、不可視の空気の弾丸が音速に匹敵する速度で相手の足先へと飛ぶ。

 よし命中! と思ったその時、青年は槍を中心にその場で一回転。

 え!? っと思ったその直後、彼の背後の壁でパンッ! と、乾いた破裂音が鳴った。


『ウソだろ!? この距離で躱すとか、マジかよ!』


 そう。空気の弾丸は青年の足をかすめただけで壁に激突。表面を軽く削っただけに終わったのである。


「な、なんだ今の音は!?」

「なぜ壁が鳴ったんだ!?」


 アンドレーオリ派の弟子達は、突然の破裂音に驚き、背後の壁を振り返る。

 当事者の青年は、強引な回避でバランスを崩し、ポカンとした顔で床にしりもちをついていた。


「なんだ? 一体何が起きたのだ?」


 どうやら咄嗟に体が動いてしまっただけで、自分が何に反応して何の攻撃を躱したのかまでは理解出来ていない様子。

 てか、これだから達人ってヤツは・・・。

 混乱している青年に、カルネはしめたとばかりに詰め寄ろうとする。

 ちょ、お前何してんねん。

 私は飛び出すと二人の間に割り込んだ。


『カルネ、ステイ! てか、武器も持たずに何戦おうとしてんのよ!』

「クロ子! ――ちっ、分かったよ」


 カルネは私に怒鳴られると、ハッと我に返り、後ろに下がった。

 すかさずウンタ達、クロカンの隊員達がその周囲を固める。


「カルネ、不用意過ぎるぞ」

「悪い。急に槍を突きつけられたんで、つい頭にカッと血が上っちまった」


 ウンタに短慮を責められてへこむカルネ。まあ、さっきのは一概にカルネのせいとは言い難いがな。

 師範代の青年は、助け起こそうとする仲間達の手を振り払いながら立ち上がった。


「貴様ら、一体何をした? さっきの壁の音は何だ? そこの角の生えた豚が何かやったのか?」

「なんだって?」


 青年の言葉に驚く弟子達。そして怪訝な表情で私を見下ろした。


「あの豚とさっきの音とに何か関係があるんですか?」

「それは分からん。だが、あの豚が何かをしたのだけは間違いない。それが何かまでは分からんが・・・」


 豚豚と人の事を失礼だなお前ら。まあ、実際に豚なんだけどさ。

 青年は弟子達を後ろに下げると、今度は油断なく槍を構えた。

 ウンタが私に声をかける。


「――おい、クロ子」

『分かってる。言動はちょっとアレだけど、決して甘く見ていい相手じゃなさそうね』


 サステナはアンドレーオリの事を、型稽古が上手いだけで腕前はイマイチと言っていたが、それはあくまでもサステナという達人中の達人の目線での話だったようだ。

 アンドレーオリだってサッカーニ流という国のメジャー流派で師範にまで上り詰めた男。普通に考えれば、決して弱いはずなどないのだ。

 そして目の前の青年は、そのアンドレーオリから免許皆伝を授かった男。

 当然、甘く見ていい相手などではないのである。


「いや、俺はやりすぎるなよと言おうとしたんだが」


 いや、そっちかい。

 ガックリして振り返る私。するとうんうんと頷く隊員達と目が合った。

 どうやら誰も私が負けるどころか苦戦すらすると思っていない模様。それどころか、調子に乗って相手を再起不能にしないか、そっちの方を心配していたようだ。

 これって信用されているのか、されていないのか。

 そんな中、カルネだけが『やっちまえ』と言いたげな熱のこもった視線でジッとこちらを見つめていた。


「こいつぁ一体、何の騒ぎだ! テメエら雁首揃えて何やってやがる!」


 その時、よく通る怒鳴り声が部屋の空気を震わせた。

 入口に立っているのは、寝起きのせいかいつもより不機嫌そうなヒゲの武人。

 サッカーニ流槍術師範、サステナであった。

次回「メス豚と謎の大岡裁き」

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