その525 メス豚と師範代
なんじゃい、うるさいな。
私はゴロンと寝返りを打った。
ここは学校の体育館に似た建物の中。私はだだっ広い板間で仮眠をとっていた。
サステナに案内されたのは、施設の外れにある大きな建物だった。
大きなドアを開けると、板敷きの殺風景な部屋がポツンとひとつあるだけ。サステナはこちらに振り返ると気だるそうに言った。
「ここで寝てくれや」
『【いや、どう見たって広すぎでしょ。アンタ私の事を何だと思っている訳?】(CV:杉田〇和)』
「誰が一人で使えと言ったよ。ここならクロカンの人数でも余裕を持って寝泊り出来るだろうが」
ああ、そういう。私は納得の意味を込めてブヒッと鼻を鳴らした。
確かに、ウンタ達をいつまでもあんな倉庫に閉じ込めっぱなしにしておく訳にはいかないもんな。
「鍛錬用に作られた施設だが、まあ、寝泊りする分には別に問題ねえだろ。お前らで好きなように使ってくれや」
『【こっちとしては倉庫で寝ずに済むのは助かるけど、弟子達を練習させる場所がなくなったらそっちが困らない?】』
「いや別に。元々俺は大して使っちゃいなかったからな。そもそも、多人数が長物を振り回すにはここじゃ狭すぎるんだよ。それにどうせ鍛錬をさせるなら、外でやった方が実戦の役にも立つしな」
そうなのか? どうやらサッカーニ流では練習は実戦を想定して外ですべきだという方針のようだ。とはいえ、戦いは屋外だけで起きるものでもないと思うけど?
例えば、日本の剣術で有名な『居合切り』。あれは正座をした状態から――つまりは相手の家に招かれてこちらが座った状態から――不意打ちを受けた状況を想定した技と聞いた事がある。
不意打ちなんて卑怯だって? 戦いは卑怯上等、勝てば官軍。引っかかったヤツや備えていなかった方が悪いのだ。
とはいっても、実は居合術は実戦の中から生まれたものではなく、戦争のない時代に武術家が武芸のひとつとして考案したとする説もあるようだ。つまりは弟子に向けての精神論であり、不自由な姿勢からでも刀を抜くための鍛錬の方法だったのではないか、というものである。
『【あ~、そう考えると、年がら年中、どこかしらで戦争をやってるようなこっちの世界なら、実戦、イコール、屋外の戦いと考えた方が、より現実に即しているのかもね】』
「ふあ~あ。何だか知らねえがそういうこった。じゃあ、俺はもう行くぜ。もし用がある時は適当なヤツを捕まえて聞いてくれ。大体のヤツが俺の部屋くらいは知ってるはずだからよ」
『【うい~っす】』
私は大あくびをしているサステナに生返事を返すと、板間をテトテトと歩いた。
さて、それじゃどこで寝ようかな。適当にこの辺でいいか。
私は部屋の真ん中辺りまで歩いて行くと、その場でゴロリと横になった。
「ド真ん中ってお前・・・いや、らしいっちゃあらしいが。ま、いいや。それじゃあな」
私は返事の代わりにプシューとひとつ鼻息を漏らすと、そのまま眠りについたのだった。
あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか?
てか、さっきからザワザワと周囲がうるさくて仕方がないんだが。おまけに人が歩き回るドスドスという振動が不快でたまらん。
一体何なんなんだよ、もう。
安らかな眠りを妨げられた苛立ちに、私は思わず『グウウ』とうなり声をあげた。
「ん? クロ子起きたのか?」
こちらの不機嫌そうな響きが耳に入ったのだろう。男の声がすぐ近くから聞こえた。
聞きなれた太い声に薄目を開けると、そこには傷だらけの顔をした傭兵姿の大男が。
クロコパトラ歩兵中隊の第一分隊の分隊長、カルネの姿があった。
『・・・起きたっていうか、アンタらに起こされただけなんだけど』
「そりゃあ悪かったな。けど、お前がこんな場所で寝てるのが悪いんだぜ?」
カルネの言葉にチラリと周りを見回すと、困り顔の隊員達の姿が。
あ~、そういや今の私は部屋のド真ん中で寝てたんだっけ。そりゃあみんなの邪魔にもなるわな。
こんなことなら面倒くさがらずに、一番奥まで行ってから寝れば良かった。
「どうしたカルネ。クロ子が起きたのか?」
この声はクロカンの副官、ウンタだ。
やれやれ、もう少しこのまま寝ていたかったが、こうなっては仕方がない。
『ここの師範達との話し合いは終わったの? みんな倉庫から出して貰えたところを見ると、上手くやれたみたいだけど』
「そうだな。ひとまずある程度の信用はして貰えたと思う」
「とはいえ、相変わらずの監視付きだがな」
カルネは口をへの字に曲げると、肩越しに背後のドアを振り返った。
ここからは見えないが、外には監視役の門下生達がいるらしい。
『それくらいは仕方ないでしょ。なにせここには国の重要人物を保護している訳だし』
「国の重要人物? 保護? なんだそりゃ?」
私は起きたばかりのボンヤリとした頭を傾げた。
『ええと、ダイアモンドの姫? だっけ?』
『違いますよクロ子。トパーズの姫です~』
体育館? 武道場? 部屋の天井でピンククラゲと追いかけっこをしていた青い鳥からすかさず訂正が入った。
そうそう、それそれ。トパーズの姫な。ダイアモンドは傷つかない。
『情報不足。ここは可能な限り正確な情報を提示すべき。トパーズの姫と呼ばれる存在はこの国の第一王女ダリア。年齢は十五歳誤差プラスマイナス1から2。髪はストレート。髪色はシアン0、マゼンタ45、イエロー95、ブラック20。体高は平均データよりやや下。体の寸法は胸囲が――』
『あーっと水母。そのくらいでもう十分だから』
ロワに解説役のポジションを取られたのがよほど不満だったのか、水母が勢い込んで情報の羅列を始めた。
てか、アンタ今、しれっと姫のスリーサイズとかバラそうとしてなかった? 私が止めたから良かったものの、そういうの普通にセクハラだからね。
「この国の王女だと? ここの師範達はそんな話はしていなかったが」
『よそ者だから秘密にしてたんでしょ。私の場合はお爺ちゃん師範達がサステナに説明していたのを勝手に聞いただけだから』
あの時はお爺ちゃん師範達は、私が人間の言葉を理解出来ることを知らなかった。だからあの場に私がいたにもかかわらず、トパーズの姫の話をサステナにしてしまったのである。
『ま、詳しい説明はまた後でするわ。それより、お爺ちゃん師範達はどのくらいの自由を許可してくれた訳? 楽園村のみんなを待たせているし、早いタイミングで一度向こうに帰りたいんだけど』
「ああ、それなんだが――」
「これは一体何事だ!」
男の怒鳴り声に驚いて振り返ると、七~八人程の男達が入り口の所に立っていた。
彼らの背後には、我々を見張っていた門下生と思われる青年二人が、困り顔であたふたしている。
「ここは我らアンドレーオリ派の修練所ぞ! 亜人などがたむろっていて良い場所ではないわ!」
乱入者を従えている男――集団の先頭に立っていた青年が、怒りに顔を朱に染めながら我々を怒鳴りつけた。
いや、良いも悪いも、私らをここに案内したのはお前達の所の師範様、サステナなんだが? てか、お前らサステナから何も聞いていない訳?
ん? 待てよ。さっきコイツが言ったアンドレーオリって名前は、どこかで聞いた事があるような・・・。
『あ、思い出した。アンドレーオリはここの師範の一人だ。確か王家の槍術指南役だとかなんとか』
人の名前を覚えるのは苦手な私だが、特徴的な名前のせいで耳に残っていたのだ。
てか、目の前の偉そうな男がそのアンドレーオリなんだろうか? パッと見、サステナよりも若そうに見えるが。
思わずつぶやいてしまった私の言葉に、クロカンの大男カルネが反応した。
「王家の槍術指南役だって? そいつはサステナよりも強いのか?」
「ふむん? 所詮は野に住む野人の類だと思っていたが、我らの事を知っているとは感心だ」
アンドレーオリ(仮)は怒りの表情から一転、まんざらでもなさそうな態度で鼻を鳴らした。
『いや、型稽古が上手いだけで、実力ではサステナどころかお爺ちゃん師範にも劣るってさ』
「なんだ、見掛け倒しかよ」
「なっ! 貴様!」
カルネの言葉にアンドレーオリ(仮)は再び目を怒らせた。
「道理も知らぬ野人めが! 我らアンドレーオリ派が今サッカーニに劣ると言うのか! 身の程を知れ!」
あちゃー。これは面倒な事になったかも。
カルネが不用意に漏らしてしまった言葉は、彼のプライドを酷く逆撫でしてしまったらしい。
隊員達の咎めるような視線がカルネと私に突き刺さる。いや、違うねん。アンドレーオリ(仮)が怒ったのは、あくまでもカルネの言葉に対してだから。子豚の言葉は相手には理解出来ていないから。
私はさりげなくスススとカルネの横から離れた。
「あっ! クロ子、テメエ自分だけ逃げる気だな! う、ウンタよお」
「・・・仕方がないな。ええと、あんた、少し話を聞いていいか?」
カルネのすがるような眼に、ウンタは小さくため息をつくと渋々男に話しかけた。
「ここはサッカーニ流の槍術道場だと聞いているんだが。アンドレーオリ派というのはサッカーニ流とは何か違うのだろうか?」
「バカ者! サッカーニ流に決まっているだろうが! アンドレーオリ派は我らの師範、ウルベルト・アンドレーオリによる一派の事だ!」
ウンタは怪訝な表情で男に尋ねた。
「我らの師範って、あんたが師範なんじゃないのか?」
「私はアンドレーオリ師範より直々に免許皆伝を頂いた師範代だ」
いや、お前がアンドレーオリじゃないんかい! てか師範代のくせに、サステナに劣るとでもいうのか、みたいな事を偉そうに言ってたのかよ。お前の方こそ身の程を知るべきじゃないのか?
次回「メス豚と本日二度目の騒ぎ」




