その528 メス豚と勝ち抜き戦
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人の集まりというのは不思議なもので、ある程度の人数が集まれば大抵、その中に何人かは耳ざとい者が含まれているものである。
「おおい、みんな! 今から屋内鍛錬所で試合形式の立ち合いが行われるってよ!」
それはここ、サッカーニ流総本山においても変わりはないようだ。
この刺激的な情報は瞬く間に拡散され、施設内はたちまち騒然となった。
「アンドレーオリ派と亜人の代表者による勝ち抜き戦だって!?」
「こいつは見逃せないぞ! 亜人のヤツらは妙に戦い慣れしてそうな感じだったからな。俺の見立てでは絶対に手ごわいはずだと思うぜ」
「そもそもこっちの代表はなんでアンドレーオリ師範の所なんだ? いくら実際の立ち合いではない試合形式とはいえ、もっと他に候補者がいるだろうに」
「なんでもあそこの師範代が亜人達と揉めていたのを、サステナ師範が間に入る形で、代表者同士の試合で決着をつける事にしたんだそうだ」
「ああ、どおりで。アンドレーオリ師範の所の師範代ってことは、ナルチロ師範代か。あの人、ここの所やたらと張り切ってたっていうか、妙な空回り感があったからな」
クロ子達と揉めていた若手師範代の名はナルチロというらしい。
ナルチロは師範のアンドレーオリに従って、王城で槍術指南役の務めを果たしていた。
二人は国王が城を捨てて逃げ出す際、王族の護衛として同行。
不幸にして馬車の故障で取り残される形となってしまった第一王女ダリア一行を、ナルチロがこの総本山へと案内して来たのである。
「サッカーニ流が負けるなんてあり得ないが、ナルチロ師範代かぁ。せめて師範のアンドレーオリ様がいてくれれば良かったのに」
「そもそも型稽古中心のアンドレーオリ派じゃ、実戦慣れしている相手には分が悪いだろう。今からでもガレット師範辺りに名乗りを上げて欲しいぜ」
サッカーニ流内でも、型稽古を得意とするアンドレーオリと、日頃から実戦を想定した稽古を行っているガレット(やサステナ)とでは、目指す先が自ずと異なっている。
決してどちらが正しく、どちらが間違っているという訳ではないのだが、自らの流派こそ最強と信じている若い門下生達の間では、アンドレーオリは実戦派の師範達よりも一段力が劣る存在として見られているようだ。
「それでも後ろに師範がいてくれるだけで心強さが全然違ったんじゃないか?」
「下らない。そんなものは甘えだ。本人の稽古不足を言い訳にしているだけに過ぎない。最初から自分の技量に自信さえあれば、そんな不安を感じる事などないはずだ」
「いやいや、流石にそれは決めつけが過ぎるだろう。立ち合いには得てしてそういった精神的な面もバカに出来ないものなんだって」
試合の場となった件の屋内鍛錬所は、噂を聞いて詰めかけた門下生達で早くもごった返している。
いずれも強さに憧れてサッカーニ流の門戸を叩いた若者達である。
中央でサステナが睨みを利かせていなければ、血気盛んな者達が『俺も俺も』と対戦候補に名乗り出ていたのは間違いないだろう。
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『あ~、マジ最悪。マジ憂鬱。どうしてこんな事になったのやら』
私は不貞腐れて床の上にブヒッと転がった。
クロコパトラ歩兵中隊の大男、第一分隊隊長のカルネが、大きな巨体(?)を小さく縮こまらせながら私に声をかけて来た。
「お、おい、クロ子。何だか大袈裟な事になって来やがったんだが?」
カルネは落ち着きのない様子で周囲のギャラリーを見回しながら不安そうに囁いた。
『今更そんな情けない声を出してどーしたのよ? さっきまでは『生意気なアイツらに、いっちょかましてやるぜ』って張り切ってたじゃない』
「いや、誰もそんな事言ってねえし。流石にこの雰囲気はヤバいって。いくらなんでもこんな状況じゃ力が出せそうにないぜ」
『なにアンタ? そんな繊細な人間だったっけ? アウェーだからって、別にやる事は変わんないでしょーが』
振り返ると他の隊員達もカルネ同様、表情をこわばらせている。どうやら全員、すっかりこの場の空気にのまれてしまっているようだ。
『てか、たかが試合でしょ。もっと気楽にやれば? 別に負けたからって命を取られる訳でもないんだし』
そもそも、こちらは一年前までは山で狩りをしていただけの村の若い衆である。対してあちらは王室御用達の大道場の師範代様。
負けて恥をかくどころか、むしろ負けが当たり前まである。せいぜい、代表者が多少、痛い思いをするだけだろう。
『だからむしろ今、本当にプレッシャーを感じているのは、絶対に負けられない立場にある相手側って事。・・・はあ、その点、私は・・・一体どうしてこうなったし』
「へ、へえ、そ、そういう考え方もあるんだな」
隊員達は緊張に顔をこわばらせながら頷いた。本当に分かってんのか?
そんな風に隊員達と試合前のミーティング? メンタルコーチング? をしていると、全ての元凶が満面の笑みを浮かべながらやって来た。
「おぅい、クロ子。そっちの代表者三名はもう決まったか?」
イラッ。
一体誰のせいで人がこんなに憂鬱な思いをしていると思ってるんじゃい。
サステナはもうワクワクが止まらないといった表情で私に尋ねた。
無邪気なその笑顔に思わずムッとする私に代わって、副官のウンタが答えた。
「ああ。こちらからはカルネとマティルダ。それにクロ子が出る」
ウンタが指名したのは、クロカンの大男カルネと、この部隊唯一の人間の戦士(唯一の女戦士じゃないぞ、それなら私も含まれるからな。念のため)、タイロソス神殿の女戦士、マティルダを指名した。
それはそうと――
『それはそうと、私はまだ自分が出る事に納得している訳じゃないんだけど?』
「おお、こっちはホレ、そこにいるアンドレーオリの所の若いのと師範代のナルチロだ。おっと、若いからってあんまり甘く見てると足元をすくわれる事になるぜ。特にカルネはお調子者だからな。気をつけときな」
「わ、分かってるって」
「そして最後の一人は言うまでもなくこの俺だ。いやあ、楽しくなって来たぜ!」
『だから私は出ると決めた訳じゃないんだけど?』
「いい加減諦めろ、クロ子。こうなってしまっては、お前が出なければ収まらないだろう」
サステナは『流石はウンタ、いいこと言うぜ』と上機嫌だ。
ぐぬぅ。殴りたい、その笑顔。
そのとき人込みをかき分けながら大柄なオジサンが姿を現した。
「サステナ! これは一体何の騒ぎだ!」
「よお、待ってたぜガレット。アンタにはこの立ち合いの審判を頼みたいんだ」
このお腹の出たオジサンの名はガレット。サステナと同じサッカーニ流の師範で、サステナと並んで総本山を代表する武闘派なんだそうだ。
サステナの頼みにガレットの額に青筋が浮かんだ。
「馬鹿者! 今がどういう状況か、先ほど説明したばかりだろうが! それを山に帰って早々、次々にこんな騒ぎを起こしおって!」
「いや、騒ぎを起こしてるのは俺じゃねえって。今回だって、どっちかと言えば俺は仲裁に入った方なんだぜ」
「だから仲裁に入った人間が騒ぎを大きくしてどうする! 今、我々は王城に目を付けられる訳にはいかんのだぞ!」
いいぞ、ガレット。もっと言ってやれ。
ギャラリーをしている門下生達も、師範の剣幕に居心地が悪そうにしている。
おや、これは風向きが変わって来たのでは?
私は期待に思わず身を乗り出した。
しめしめ。このまま上手くいけば、全部うやむやに出来るかもしれないぞ?
「そう言うなよガレット。クロ子と戦える機会なんてそうそうないんだからよ」
ええいサステナめ、往生際の悪い。いい加減諦めてしまえっての。
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた
『自己紹介?』
「クロ子だと? そこにいる黒い子豚も戦うのか? 一体誰と?」
「俺に決まってんだろ。だからアンタに審判を頼んでるんじゃねえか」
するとガレットは一転、私をジッと見つめながら『ふぅむ』と考え込んだ。
えっ? どういう事?
不穏な流れに不安を感じる私。
ガレットは怒りの表情を収めるとサステナに向き直った。
「分かった。それならば引き受けよう」
「よっしゃ! アンタならそう言ってくれると思っていたぜ!」
はぁ!? なんだよガレット! 期待させてんじゃねえよ! テメエ、何あっさりサステナに言いくるめられてんだよ! チョロ過ぎだろお前!
どうやらガレットはサステナから聞かされていた私の戦いを自分の目でも確認してみたくなった模様。
ガレットの決定にギャラリーは大盛り上がりとなった。
「「「おおおおおおおっ!」」」
そして釈然としない展開に、地団太を踏んで荒ぶる私。
ここには脳筋とバトルジャンキーしかいないのかよ! きっといないんだろうな! だって武術の総本山だもんな!
そんな私を、女戦士マティルダが抱き上げた。
「クロ子ちゃん、可哀そう」
あふん。そうそう、もっと私を甘やかしてつかーさい。
次回「メス豚と先鋒戦」




