その522 メス豚とトパーズの姫
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ダリア姫は自室に戻っても興奮冷めやらない様子だった。
「ねえクラーラ。本当にあのような顔形をした者達が存在したのですね。あの亜人達は言葉を話すのでしょうか?」
「さあ、申し訳ありませんが私は存じ上げません」
お付きの女騎士、クラーラは申し訳なさそうにかぶりを振った。
そして先程コッソリ覗き見た、亜人達のボロボロの鎧を身にまとった薄汚れた姿を思い出していた。
「ですがあの姿。私にはあまり知能が高いようには感じられませんでした」
あれではここの者達が山賊と勘違いしてしまったのも仕方がないだろう。
そう考えると、気位の高い王族仕えの騎士としては、ついつい声に嫌悪感が滲み出てしまう。
「そうかしら? 確かに顔の形は獣のようだったけど、口の形はどちらかといえば我々に似ているようにも見えたわ。ならば言葉を教えさえすれば、きっと喋る事だって出来るのではないかしら? もし、彼らが喋れるようなら、色々と話を聞いてみたいわ。亜人は日頃、どんな場所でどのように暮らしているのでしょうか? 女性や子供はどんな姿をして、どんな服を着ているのでしょうか?」
亜人は人目を逃れて山野の奥深くに隠れ住んでいるという。
王族の一人として生まれ、最近まで王城から一歩も外に出た事がなかった少女にとって、そんな亜人達の生活は純粋に好奇心を刺激されるものであった。
侍女達は高貴な主人が亜人のような下賤な存在に興味を惹かれている様に困りつつも、王都を脱出して以来、常に憂いを帯びた暗い表情をしていた少女が、年相応の明るさを見せる姿に、密かな安堵を感じていた。
そしてそれは女騎士クラーラも同じだったらしい。
クラーラは苦笑するとイスから腰を浮かせた。
「仕方がありませんね。この様子だと我々は姫様から一日中、亜人の話を聞かされてしまいそうです。どれ、そうなる前に彼らについて何か調べて来る事にしましょう」
「まあ、クラーラのいじわる」
女騎士の皮肉にダリア姫は口を尖らせたが、そんな仕草すらここ最近は見せていなかった。
クラーラは『これは亜人達に感謝すべきかもしれないな』などと心の中でひとりごちていた。
「それでは姫様、失礼致します。直ぐに戻って参りますので楽しみにお待ち下さい」
「ええ。楽しみにしていますわ」
クラーラは主人に見送られながら部屋を後にした。
サッカーニ流総本山に匿われている立場のダリア姫は、基本的にやらなければならないような仕事は何も無い。
強いて上げるならば、迷惑を掛けないように部屋で大人しくしているのが仕事と言えなくもない。
女騎士クラーラが部屋から出て行くと、侍女達は主人のために控えの間でお茶の準備を始めた。
ダリア姫は彼女達の邪魔をしないよう、静かに窓の外を眺める。
基本的に飾り気のない素朴な作りの施設の中にあって、この賓客用の宿泊部屋と、そこに面した庭だけは華美――とまでは言えなくとも、そこそこには整えられている。
この幽閉状態と言ってもいい生活の中で、窓から見える庭の景色は、彼女の数少ない心の慰めとなっていた。
穏やかな。それでいて、いつもと変わり映えのしない光景。
しかし、今朝はそこに小さな異物が混入していた。
毎日、飽きる程この庭を眺めているダリア姫でなければ気付けない程の僅かな違和感。
庭の木の一本。その木の葉の陰にひっそりと潜む小さな黒い影。
「黒い――子豚?」
ダリア姫の呟きに、二つの小さな目がキョロリと動いた。
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施設の本館の奥に作られた小さな中庭。
その木の枝の上に私は潜んでいた。
『ひょっとして、あの子がトパーズの姫なのかな?』
大きな窓の向こうには、退屈そうに庭を眺めるドレス女子の姿があった。
年齢はパッと見、十五・六歳。明るいオレンジ色の長いストレートヘア。色白美人。槍聖サステナから聞いていた、トパーズの姫の姫の特徴と一致している。
『まさか一発で見つけてしまうとは』
ソシャゲでもガチャ運のない私にしては珍しい引きの良さだ。過去に天井に到達するまでニ百連回して、一度もSRを引けなかった時の怒りと絶望を忘れた事はない。てか、ニ百連だぞ、ニ百連。ニ十回ガチャってSRゼロとかあり得るか? 確率仕事しろ!
――おっといかん。記憶の奥深くに封印したはずの心の闇が開きそうになってしまった。
己の心と戦っている私の頭を、細い触手がツンツンした。
『なに水母?』
『前方注意』
背中のピンククラゲに言われて顔を上げると、こちらをジッと見つめるドレス女子ことトパーズの姫(仮)の姿があった。
あ、やべ。目が合っちゃった。
トパーズの姫(仮)の目が軽く見開かれる。
「黒い――子豚?」
どうやらバッチリ見付かってしまった模様。
このまま隠れていて人を呼ばれてもマズい。私はしゃーなし、ヒラリと地面に降り立った。
「えっ、スゴイ。豚って木に登るの?」
トパーズの姫(仮)は感心した様子で私を見つめた。
どうだろう。少なくとも私は自分以外に木に登る豚は見た事ないかな。
それはさておき、どうやら彼女の興味を惹いてしまった模様。
本当は姫の存在を確認するだけの予定だったが、この様子ならもう少し踏み込めそうだ。
私はトパーズの姫(仮)を警戒させないよう、トコトコと歩いて近づいた。
姫(仮)は慌ててしゃがみ込むと、そっと私に手を伸ばす。
小さな白い手がおずおずと私の頭を撫でる。
「・・・豚って初めて触るけど、意外と剛毛なのね」
そしてガッカリする姫(仮)。なんかスマン。
次いで細い指が固い角に触れる。
「豚は頭に角が生えているんだ。知らなかったわ」
どうやら姫(仮)の中では、豚は四本の角が生えていて木に登る生き物という事になりそうだ。
なにその豚。あ、私だったわ。
今のうちに訂正しておかないと、いつかどこかでこの子に恥をかかせてしまうかもしれんな。
それはさておき、さっきからトパーズの姫(仮)、トパーズの姫(仮)と、(仮)を付けて呼んでいるが、この子はトパーズの姫で合っているのだろうか?
その辺を是非本人に確認しておきたい所なのだが――
「姫様、いかがなさいましたか?」
その時、女性の声がした。
姫(仮)がビクリと振り返る。
彼女の視線の先、隣の部屋からティーポットを持ったメイドさん? が姿を現した。
「も、申し訳ございません! 驚かせてしまいましたか!?」
「いえ、構いません。――あっ」
私は『風の鎧! 』。身体強化の魔法を発動させると、咄嗟にこの場を離れていた。
「子豚が。さっきまでここにいたのに・・・」
「子豚でございますか? ビックリしてどこかに逃げてしまったんでしょうか?」
姫(仮)とメイドの声が聞こえて来る。
というか、メイドさんも姫様と呼んでいたし、もう姫(仮)は本物の姫という事にしておいてもいいか。
まだトパーズの姫本人かどうかの疑惑は残るが、こんな武術の道場に姫なんて呼ばれる存在が二人も三人もいるとは思えない。ほぼほぼ本人と断定しても間違いはないのではないだろうか?
『これでひとまずお爺ちゃん師範の話の裏は取れた訳ね。後は隊員達の自由を確保しないと』
今の所はみんな大人しくしてくれているが、あまり釈放が遅くなったら、カルネ辺りからブチブチ文句を言われそうだ。
『その辺の具体的な交渉はサステナに任せるとして、こっちはこっちで情報収集を続けようか』
もし、サステナの交渉がこじれた場合、最悪、牢破りをして隊員達を逃がさなければならなくなる。
そうなった場合の安全な脱出ルートの想定が必要だ。
『ここから脱出して、ロワの施設にさえ逃げ込めれば、コントロール・エンジンを使って簡単に逃げ切れる訳だし』
その場合、この土地では指名手配を受ける事になるが、元々、この国では亜人は人間に追われる立場にある。
今更出禁になってもこちらには大した痛手はないだろう。
『未だに生きてる五ヶ所のコントロール・エンジンのうち、一つが使えなくなるのは痛いけど、逆に考えれば、それでもまだ四ヶ所も残っている訳だし。これで文句を言っていたら罰が当たるってもんだろ』
コントロール・エンジンは、タイムラグなし、ほぼ人数制限無しでこの惑星上の二つの場所を繋げられるというトンデモ性能を持っている。
そんな破格の選択肢が四つもあるのだ。普通に考えてこれ以上の切り札はありえないだろう。
まあ、他はどこに繋がっているのか知らないんだが。
『けど、四ヶ所もあれば、どこかに当たりが一つくらいありそうじゃない? とはいえ、今はまだガチャ運を試す時じゃないけど』
サステナの地元というこの場所だって、考えようによっては十分に当たりくじと言えるのだ。
最悪のケースに備えるのは当然としても、見切りをつけるにはまだ早すぎる。
次回「メス豚と芋泥棒」




