その520 メス豚と重要人物《キーパーソン》
「ダリア姫ってあの!? 【トパーズの姫】の事か!?」
サステナは驚きの声を上げて身を乗り出す。そのはずみで彼の膝の上に乗っていた私は床に転がり落ちてしまった。
ドデン。
あいたた、お尻打っちゃった。おのれサステナ、後で絶対仕返しちゃる。
サッカーニ流十六天こと師範のお爺ちゃんが、サステナの言葉に頷いた。
「さすがのお前もダリア姫殿下の事は知っていたようだな」
「俺の事をバカにし過ぎだろ。この国でトパーズの姫を知らねえヤツなんていねえっての。しかし、そうか。まさか噂の姫がこんな所にいるとはよ」
ダリア姫、あるいはトパーズの姫? とやらは、この国ではかなりの有名人らしい。
その辺、詳しく説明プリーズ。
私は前脚でテシテシとサステナの太ももを叩いた。
「ん? なんでぃクロ子。・・・ああ、お前は姫の事を知らねえんだな。ダリア姫ってのは王家の第一王女だ。歳は・・・確か十五・六だったか? スゴい美貌ってんで王都じゃ男にも女にも大人気だ。なんでも新しい絵姿が描かれる度に飛ぶように売れてるって話だぜ」
ダリア姫はこの国の第一王女。儚げな美貌の持ち主で、美しいオレンジ色の長髪になぞらえてトパーズの姫とも呼ばれているらしい。
年齢は前世の私と同じくらい。日本だと高校に通っている歳である。
国民的にも大人気で、ちょっとしたアイドルのような扱いを受けているようだ。
『ふぅん。美人で人気者のお姫様って、まるで少女漫画に出て来るキャラみたいな子ね』
『少女漫画? 詳細不明。情報の開示を求む』
一緒に床に投げ出されていた、ピンククラゲが知識欲も露わにフルフルと震えた。
てか、クレメンスとか久しぶりに聞いたわ、地味に懐かしいな。いつも水母はどこからそんな言葉を拾って来るんだ?
「トパーズの姫なんて一体どこにいたんだ――って、賓客用の宿泊部屋にいるに決まってるか。あそこも王族相手にはどうかと思うが、他に泊められそうな部屋はねえし、我慢して貰うしかねえよな」
「そういう事だ」
サステナは何もない壁をチラリと振り返った。どうやらそちらの方向に賓客用の宿泊部屋とやらがあるらしい。一応、覚えておいた方が良いかもね。
『覚えといてね水母』
『超他力本願』
『私が覚えておきますよ~』
シレっと天上の梁の上に避難していた青い小鳥が、横から嬉しそうに請け負った。
『警告。今の発言は当方に対して侵略の意図があると判断する』
『いや、大袈裟だな。別にどっちが覚えていてくれても構わないんだけど』
お願い、私のために争わないで!
どうもこの二人は微妙にそりが合わないらしく、何かあるとこうしていがみ合っている。
というよりも、水母がロワに対して対抗心をむき出しにしている感じか。
「そっちの事情は分かった。だがよ、亜人達を閉じ込めたのはやり過ぎだ。まだ説明していなかったが、アイツらは隣の国のヤツらで、この国にはちょっとした用事で来ただけなんだぜ」
「相手が誰であろうと用心は必要だ。ここに姫殿下がおられる事は決して外部に漏らしてはいかんのだからな」
おっと、水母達と戯れている間にサステナ達の話が進んでいるようだ。
「てことは、俺達が姫を匿っている事は、王都にいるディアーコ伯爵にはまだ知られていないんだな?」
「――それは分からん」
「おい!」
「落ち着け、サステナ。今はこんな状況だ。思うように外の情報が入って来ないのも仕方がなかろう」
「馬鹿馬鹿しい! 今、総本山で暮らしている弟子達が何百人いる? 師範達の家族は? ここに姫がいるのは全員知っているんだろうが。身内だからって敵に情報を漏らさないなんて考えているようなら甘過ぎだぜ」
サステナは身内から密告者が出るケースを想定しているようだ。
指摘は最もだ。それに人の口には戸が立てられない、なんて言葉もある。
どこの世界だろうと人間の噂好きは変わらない。悪意なくポロリと情報を漏らしてしまう事だって普通にあるんじゃないだろうか?
お爺ちゃん師範の一人が言い辛そうにしながら口を開いた。
「数日前、王都から確認の使者が来た。行方不明の王族をこちらで匿っているのではないかと。勿論、そのような事実はないと否定したが」
「ホレ見た事かよ、もうバレてやがる。用心が聞いてあきれるぜ」
「そうとは限らん。実際、あの後王都からは何の動きもない」
「あのなあ、仮にバレていなかったとしても、疑いをもたれている時点で、十分にヤバい状況って事くらい分かるだろ?」
「むうっ・・・」
呆れ顔のサステナに、お爺ちゃん師範達はぐうの音も出ずに黙り込んだ。
「それで他の王族のヤツらはどこにいるんだ? そっちには連絡は取れねえのか?」
「不明だ。様々な噂が乱れ飛んでいるが、どれも信ぴょう性に欠けている」
「まあ、山の中に閉じこもっている俺達に分かるくらいなら、とっくに王城にも伝わってるか。そうなりゃ、今頃、捕縛なり討伐なりの兵が差し向けられているだろうな」
この点については誰もサステナの言葉に異論をはさまなかった。
ディアーコ伯爵とやらが王家を裏切って兵を起こした以上、かつての主君に生きていていられては困るのは自明の理だからである。
恰幅の良い中年師範、ガレットが腕組みをしながら口を開いた。
「そう言えば、噂の一つに王族は隣国に逃れているというものもあったな。先日、国境を越えて来たサンキーニ王国の軍は、実は王族に請われて派遣されたものだったという話だ」
「サンキーニ王国の軍が侵攻して来ただと? そんな事があったのか?」
「サステナお前、西の王都にいたのに知らなかったのか? あそこは国境のすぐ近くだろうに。俺が聞いた話では、こちらからは例の狂人公、ドルド・ロヴァッティが迎撃に出たそうだ。最も、敵は軽くひと当たりしただけでアッサリ撤退してしまったらしいが」
今の話には正直、私も驚かされた。我々が楽園村で戦っている間に、サンキーニ王国の軍が国境を越え、この国に侵攻していたというのだ。
てか、自分達の国が大モルト軍に絶賛占領され中だというのに、他国を侵略をしに行っている場合なのか?
それで返り討ちにあって追い払われているんだから、一体何がしたかったんだか。
「なる程、だとすると王族の噂も眉唾だな。サンキーニ王国の軍が軽い小競り合いだけで撤退しちまったって事は、大方、この国がゴタついているって噂を聞いたんで、スケベ心で手を出してみただけ、って所だろうからな」
「のこのこ火事場泥棒にやって来たら、噂の狂人公が出て来たので慌てて帰っていった、か。あり得そうな話だな」
ふむ、これで大体の事情は把握出来た。
まずは、この国は現在、クーデターの真っ只中にある。主犯はディアーコ伯爵。
今の所クーデターはほぼ成功。伯爵は王都を手に入れる所までいったが、最後の詰めを誤ったせいでこの国の王族を取り逃がしてしまう事となった。
そんな混乱の最中、王族の一人が逃げ遅れてしまう。
それがトパーズの姫こと第一王女ダリア姫。
姫は護衛の案内でここ、サッカーニ流槍術総本山へと匿われた。
その噂はすぐに王都へと伝わり、ディアーコ伯爵からの使者がやって来る。
師範達は『そんな者は存在しない』と突っぱねたが、相手がその言葉を信じたかどうかは分からない。
そんな張り詰めた空気の中、突然、サステナが三十人もの怪しい武装集団を率いて帰って来たのである。
『――なんと言うか、絶妙にタイミングが悪かったわね』
なる程。これはお爺ちゃん師範達でなくとも警戒するはずだわ。
彼らはこの国のお姫様を守ろうとしているだけ。
我々が亜人だから信用しない、という訳ではない。余所者というだけで誰も信用出来ない状況にあったのである。
ましてやこちらはどう見ても不審人物にしか見えない山賊スタイル。
運良くサステナが一緒にいたから良かったようなものの、最悪の場合、問答無用で討伐対象になっていたかもしれない。
『事情は分かった。我々を拘束したのも仕方がないかな。というか、そうせざるを得ない状況にあった、というのも理解出来た』
ただし、お爺ちゃん連中の話が本当だとしたら、だ。
別に今の話を疑っている訳ではないが、全てを包み隠さず話してくれたどうかは分からない。
こちらは隊員達三十名の命を預かっているのだ。相手の説明だけで真に受ける事は出来ない。
じゃあどうすればいいのか? こちらで話の裏付けを取ればいいのだ。
つまりは先程の話の中に出ていた重要人物、トパーズの姫とやらが本当にこの施設に匿われているのか。それを確認するのである。
『幸い、サステナ達は話し合いに集中していて、私の方を気にしている人は誰もいないようだし。今なら抜け出してもバレないわよね。てなわけで行くわよ、水母、ロワ』
『了解』
『は~い』
私は音を立てないように抜き足差し足。昼間なのに窓が閉め切られた薄暗い部屋だったのも幸いしたようで、誰にも気付かれる事無く、部屋の外まで出る事に成功した。
ここまで来ればしめたものだ。私は『風の鎧』。身体強化の魔法をかけると、ヒラリと窓から外に飛び出した。
そのまま壁の出っ張りを蹴って屋根の上まで駆け上る。
『あらよっと。さて、賓客用の宿泊部屋ってどっちだったっけ?』
『要注目』
『あちらですよ~』
私の言葉に、ピンククラゲと青い小鳥が同時に同じ方向を指し示した。
『ありがと。一応、周囲の警戒はしておいて』
私は屋根の上をダッシュ。
姫の部屋を目指したのだった。
次回「トンネルの中で」




