その519 メス豚とサッカーニ流十六天
サッカーニ流槍術の総本山に到着した我々、クロコパトラ歩兵中隊。
しかし、突然現れた迫力のお爺ちゃん集団によって、隊員達は拘束されてしまったのだった。
『てな訳で一応、みんなの様子を見に来た訳だけど。――案外大きな建物ね』
ここはクロカンの隊員達が連れて行かれた倉庫。
これほどのサイズなら三十人からの人数が収容されていても十分に余裕がありそうだ。
出入り口は大きな扉が一つだけ。その前には見張りの男が三人立っている。
出来ればついでに中の様子も確認しておきたい所なんだが・・・
「ん? なんだ、この子豚は? 一体どこから入って来たんだ?」
「誰かの家で飼ってる豚だろ。きっと柵の中から逃げ出して来たんだな。ホラ、こっちに来な」
おっと危ない。
私は見張りの青年が伸ばして来た手を、すんでの所でヒラリと躱した。
「ワンワン! ワンワン!」
黒い猟犬隊の犬達が、自分達のリーダーに手を出した無礼者に吠え掛かる。
「うわっ! コイツら亜人達が連れていた犬か! しっしっ! あっちに行け!」
「ハハハ、なんだお前、犬を相手にビビってんのか?」
慌てた青年は棍を振って犬達を追い払う。その姿を見てゲラゲラ笑う男達。
バッチリ見張られているし、他に出入口も見当たらない。これ以上近付くのは流石にムリか。
今の所、隊員達が虐待されている様子もないし、ひとまず良しとしておこう。
「おうクロ子。こんな所にいたのか」
男の声に振り返ると、槍聖サステナの姿があった。
サステナは弟子らしき青年に何やら指示を出すと、こちらに向かって顎をしゃくった。
「今から爺さん連中の話を聞きに行く所だ。どうせお前も気になってたんだろ? 一緒に来いよ」
おっと、どうやらサステナは話し合いの席に私を招待してくれるようだ。こいつは有難い。
「ブヒブヒ」
「礼ならいらねえぜ。今回は一方的にカルネ達を閉じ込めた爺さん連中の方に非があるんだからよ」
「ブヒブヒ、ブヒブヒ」
「おうよ。もしも納得出来ない理由だったら、遠慮するこたぁねえ。得意の魔法を一発かましてやんな」
「ブヒ! ブヒ、ブヒブヒ」
「はんっ、構うもんか。それでおっ死ぬようなヤワなヤツらじゃねえよ。殺しても死なないような妖怪みたいな爺さん達だからな」
サステナは槍を肩に勝手な事を言っている。
「ブヒ。ブヒブヒブヒ」
さっきから何を言っているのか分からないって?
いや、フィーリングでブヒブヒ鳴いているだけで、何も喋っちゃいないんだけどな。
面白いからバレるまではサステナには黙っとくけど。
機嫌よく私に話しかけているサステナは、周囲の微妙な表情には気付いていない様子だ。
どう考えても、はたから見れば子豚とお話をしているおかしなヤツだからな。私だって前世でそんなオジサンがいたら、関わり合いにならないように大回りして避けて通ったに違いない。
ここの門下生達にとっての不幸は、そんな危ないオジサンが彼らの師事する師範様だという事だ。お気の毒様。
こうして私はサステナと肩を並べて歩きながら、ここの本館と思わしき大きな建物へと向かったのだった。
我々が到着したのは建物の奥にある大きな一室。
日頃は何に使われている部屋なんだろうか? 窓を閉め切られた薄暗い室内には、まだ昼間だというのに小さな明かりがともされている。
この場にいるのは十数人の男達。そのほとんどは髪に白いものの混じったお爺ちゃん達である。
若い男はたったの四人。若い、とは言ったものの、全員、サステナよりも年上の中年男性である。その中には先程サステナを出迎えたお腹の出た大男、ガレットの姿もあった。
『・・・なる程、ここにいるのが例の【サッカーニ流十六天】という訳ね』
私は小さくブヒっと鼻を鳴らした。
サッカーニ流十六天。
ここに来るまでにサステナから聞かされた話によると、サッカーニ流総本山には十六人もの師範達がいるという。
組織の頂点に立つ十六人。人呼んでサッカーニ流十六天。
なんともイケてるネーミングに、不覚にもアガってしまったのは秘密である。
そんな十六天だが、サステナに言わせれば『半数以上は現役を退いた年寄り連中』らしい。
「それでもそこらの師範代よりは強いってんだから、アイツらマジでどうかしてるぜ」
との事である。
ちなみに師範というのは道場のトップ。師範代はその師範から免許皆伝を受けて、弟子の指導が出来るようになった立場の人間を言うらしい。
文字通りの師範代――師範の代理、という訳だな。
そんな十六天のお爺ちゃんの一人が、私の姿を見て眉をひそめた。
「サステナ。ワシは動物を建物の中に入れるなと言っておいたはずだぞ?」
「んなコトよりも納得できる説明を聞かせてくれるんだよな? アイツらは俺が連れて来た客だぜ。なんであんな所に閉じ込めやがったんだ?」
サステナの言葉に、私の頭の上に止まっていた青い鳥が小首をかしげた。
『クロ子達は位相ドライブを使ってこの山に到着したんですよ? そこのデミ・サピエンスが連れて来た訳ではありません。この人は何か勘違いをしているんじゃありませんか?』
位相ドライブとはコントロール・エンジンの別名である。ロワが管理している施設の事を言う。
『確かにロワの言う通りなんだけど、説明するのが面倒というか、どうせ理解して貰えそうにないというか。サステナにもそれは分かっているから、自分が案内して来た事にしたんだと思う。――後、今後今の人類の事をデミ・サピエンスって呼ぶのは禁止ね』
ロワや水母、前魔法科学文明のコンピューターにとっては、自分達を作り出した前人類こそがホモ・サピエンスなのであって、今の人類はそれ未満の半分人間――デミ・サピエンスという扱いらしい。
二人の気持ちも分からないでもないが、まるで出来損ないのように言われていい気分がする人はいないはずだ。何かしらのトラブルが起きる前に、今のうちに止めておくよう頼んでおいた方がいいだろう。
ロワは『承りました。禁止事項として記憶しておきます』と頷いた。
お爺ちゃんの一人が不思議そうにロワを見つめた。
「見慣れない鳥だな。随分と奇妙な鳴き声で鳴くようだが」
「さっきから細けえ事ばかり気にしてんじゃねえよ。テメエら本気で説明する気があんのか?」
「そう猛るな。急かさずとも今から説明してやる」
お爺ちゃんが目で促すとサステナは空いている席に座った。
さて、私はどうしよう。サステナの膝の上でいいかな。
「おい、クロ子! テメエ足も拭かねえで人のズボンの上に――ちっ、まあいいや。で? さっきは状況がどうのとか言ってたが、何か面倒事でも抱えてやがるのか?」
「それを説明するためには、王都の現状から語らねばなるまい。お前がベッカロッテに向かってからすぐ、王家は主だった者達を連れて王都から脱出した」
「本当に情けない話だ。今の国王は惰弱だという噂は聞いていたが、まさか命をかけて戦っている者達を捨てて自分達だけで逃げ出してしまうとは。それだけ狂人公ドルドが恐ろしかったのやもしれんが」
「主なき城を守るような兵などおらん。王都は即日陥落し、空き家となっていた城はディアーコ伯爵の物となった。占領直後は多少、王都の中も荒れたようだが、幸いにしてそれも直ぐに治まり、それ以降は大きな混乱は起きてはおらんようだ。当代のディアーコ伯爵は中々の名君だと聞いていたが、噂にたがわぬ大人物だったようだな」
ふむふむ。ここまでの話を整理しようか。
まず、この国の王都はディアーコ伯爵とやらの反乱軍に攻め込まれていたと。
で、ビビった国王は家族を連れて城から脱出。
取り残された兵士達は降伏。ディアーコ伯爵は見事、下剋上を成功させた、といった所か。
国を手に入れた伯爵は、今の所上手く統治しているらしい。まあ、それもいつまで続くか分かったもんじゃないんだが。
「ウチは戦に加わらなかったのか? サッカーニ流は王家の槍術指南役だろ?」
「勿論、参加したに決まっている。アンドレーオリが師範代を含めた高弟二百人を率い、王家の護衛を務めたのだ」
「アンドレーオリ!? なんであんなヤツに任せたんだよ! それならガレットがいるじゃねえか! ――って、そうか。王家の護衛っつってたな。あちらさんたっての希望って訳か」
「そういう事だ」
当のガレットが小さく頷いた。
後で聞いた話によると、アンドレーオリは十六天の一人。師範最年少のサステナに次ぐ若い師範らしい。
「俺はこの通りのブサイク面の太ったオッサンだからな。こんな見苦しい男はやんごとなき方々がそばに置くには相応しくないそうだ。それに俺はアンドレーオリのように気の利いた会話が出来る訳でもないしな」
「ちっ、槍はツラや見た目で振るモンじゃねえよ。けど、確かにアイツは妙に王家の受けが良かった。肝心の腕前は俺やガレットの足元にも及ばねえが」
サステナみたいな化け物が何人もいたら流石に怖いぞ?
それはそうと、件のアンドレーオリは槍の腕前はイマイチだったらしい。後で聞いたら、四天王ならぬ十六天の中でヤツは最弱、の師範なんだそうだ。
半ば引退しているお爺ちゃん達より弱いとか、それって現役バリバリの師範としてはどうなの? と思ったら、型稽古の美しさではダントツだったらしい。つまりは見栄え重視という訳だな。
これだけの大きな組織。それに王家の指南役ともなれば、そういったタイプの師範も求められるのかもしれない。
「王家が城を脱出した際、アンドレーオリ達もその護衛として彼らに同行した。しかし、道中で一台の馬車が故障し、不幸にして逃げ遅れた人物が出てしまったのだ」
「おい、馬車が故障って、まさかそいつが――」
「うむ。その人物は護衛をしていた師範代の案内で、密かにこの総本山へと逃げ込まれた。そのお方こそ、ヒッテル王家の血を継ぐお方。ダリア姫殿下である」
「ダリア姫ってあの!? 【トパーズの姫】の事か!?」
ダリア姫とやらは余程有名な人物らしい。
サステナは驚きの声を上げたのだった。
次回「メス豚と重要人物」




