その518 メス豚、蚊帳の外に置かれる
我々は門を埋め尽くしたサッカーニ流門下生達によって出迎えられた。
「おおっ! スゲエ、あれが亜人かぁ! 俺亜人なんて初めて見たぜ! 本当にあんな顔をしているヤツらがこの世にいるんだな!」
「俺もだ! けど、顔がちょっと変な所以外は、案外俺達と変わらないんだな!? 誰だよ亜人は三つ目だなんて言ってたヤツは!」
「いや、俺は亜人は手が三本生えているって噂を聞いた事があると言っただけだぜ!?」
「どのみち間違ってるじゃねえか! あれが三本腕に見えるのかよ!?」
ここに集まっているのは槍術道場の門下生達。若い男達のせいか全体的にテンションが高目である。
そのテンションも純粋に好奇心というか、悪意らしきものが感じられないのがせめてもの救いか。
多少の差別意識や偏見があるのはまあしゃーなし。
ウンタ達クロコパトラ歩兵中隊の隊員達も、色々あって人間達に注目されるのには慣れているのだが、流石にこの雰囲気には居心地が悪そうにしている。
「おいあそこを見ろよ、あれって女じゃねえか? 亜人の女なのかな?」
「そうなのか? けど、ほとんど人間にしか見えねえぞ」
タイロソス神殿の女戦士、マティルダを指差してヒソヒソ噂している者もいる。
どう見ても人間にしか見えない彼女の姿に(いやまあ実際にマティルダは亜人ではないのだが)、戸惑いを隠せないようだ。
そして当のマティルダ本人は堂々としたものである。傭兵という仕事柄、周囲の男達から奇異の視線を受ける事が多いからかもしれない。
やたら盛り上がる門下生達に、サッカーニ流師範サステナはうっとうしそうに眉をひそめた。
「よう、なんでぃ。すげえ出迎じゃねえか。それも結構だが、こんな風にガン首揃えられてちゃあ、おちおち客の案内も出来やしねえんだが」
「サステナ! おい、サステナ!」
その時、門下生達の背後からサステナを呼ぶ声がした。
大きな体で人垣を押しのけるようにして現れたのは、でっぷりとお腹の出た四十絡みの大男。
「おうガレット、丁度良かった。今からお前さんの所に行こうと思ってたんだ。こいつは手間が省けたぜ」
嬉しそうに白い歯を見せるサステナ。
ガレットと呼ばれた大男は、我々に振り返ると眉間にしわを寄せた。
なんぞ?
「はあ・・・。サステナ貴様、またこの厄介な時期にこんな面倒事を持ち込みおって。そもそも、一体どこでこれ程大勢の亜人を見つけて来たのだ?」
「大勢って――ここにいるクロカンの隊員達か? これでもまだ極一部なんだが、まあその辺はおいおい説明してやるよ。それより、爺さん連中に俺が帰って来たのがバレる前にお前さんに相談したかったんだが、今から大丈夫か?」
サステナは一回り程歳の離れた大男の肩を気安い態度で叩いた。
ポカンとする私達に、ここまで案内してくれた弟子青年が、「あの方はガレット様。サステナ様と同じくサッカーニ流槍術本山の師範です」と説明してくれた。
つまりはサステナの同僚って訳ね。こっちは見た感じ、サステナよりは常識人っぽく見えるけど。
ガレットはイヤそうな顔でサステナの手を払った。
「バカ。とっくに知られているに決まっておろうが。なんのために俺が遅れて来たと思っている」
「マジかよ!? いや、コイツはしまったな・・・」
「――サステナよ」
しわがれた声がサステナの名を呼んだと思ったら、周囲の騒ぎの声がピタリと止んだ。
一体何事? と驚く私達の目の前で、ザッ! と音を立てて男達の集団が二つに分かれた。
戸惑う我々の前に、おそろいの僧衣? 道着? を来た十人程のお爺ちゃん集団が姿を現した。
そして、あちゃー間に合わなかったか、といったサステナの顔。
「あー、コホン。よう、爺さん達、元気そうだな。今帰ったぜ」
「見れば分かる。サステナ、その者達は何者だ? なぜここに連れて来た?」
お爺ちゃんは鋭い眼光で我々をねめつけた。
その得も言われぬ迫力に、黒い猟犬隊の犬達が怯えて尻尾を股に挟む。
反射的に警戒する隊員達。
そしてそんな隊員達に反応して得物を構える門下生達。
突如の一触即発のこの状況。
私も歓迎されるとまでは思っていなかったが、まさかここまであからさまな敵意を向けられるとも思っていなかった。
どうやらトップと弟子達との間では、かなりの温度差があるようだ。
これにはサステナも意外だったのか、怪訝な表情で眉をひそめた。
「おい、どうしたよ? ここは音に聞こえたサッカーニ流の総本山。あんたらはその師範様だろう? それがどうしてたかだか亜人の三十人や五十人程度に、そんな風に目くじらを立ててやがるんだ?」
「サステナ、お前は今、王都がどういう状況なのか知らんのか?」
「あぁん? まあ、噂程度なら聞いてるぜ。ディアーコ伯爵とロヴァッティ伯爵の軍に攻め込まれてヤバイ事になってるんだろ? なんでもロヴァッティ伯爵の所の凶騎士とかいうのが相当イカレてるって話だが」
「王城は既に賊の手に落ちた。王家は王都から落ちのびられておられる」
「なっ――マジかよ。あの噂は本当だったのか。絶対にヨタ話の類だと思っていたんだが」
サステナは小さく吐き捨てた。
まさかこの国の中枢でそんな事が起きていたなんて。
我々の間に驚きが広がった。
「ヒソヒソ(お、おい、クロ子。今の聞いたかよ)」
『ブヒブヒ(ええ。どうりで、サンキーニ王国が大モルト軍に攻め込まれているのに乗じて、この国が攻撃して来なかった訳ね)』
自分達の国で内乱が起きているなら、当然、外に軍を向ける余裕はない訳だ。
サンキーニ王国にとってはかなり運が良かったと言うべきか。まあ、結局大モルト軍に滅ぼされてしまっているんだが。
それにしても、あっちでも戦争こっちでも戦争。ホンマ、この世界はハードモードやで。
ちなみに驚いているのは我々クロカン関係者だけで、周囲の門下生達は悲痛な表情を浮かべこそすれ、衝撃を受けている様子はない。
つまりここにいる者達にとっては、王都が攻め落とされ、国王が逃げ出したのは周知の事実という訳だ。
「どうりで急に東からの情報が流れて来なくなった訳だぜ」
「【西の王都】ベッカロッテか。お主が教えを請われて出向いていた場所だな」
サステナが私達と出会ったのは、西の国境に近い大都市、ベッカロッテ。
その後は、一ヶ月ほど楽園村で一緒に戦っていたので、彼の知っている最新情報は最低でもひと月以上前のものとなる。
インターネットどころかTVや新聞すらもないこの世界。どうしても情報は不正確になり、その伝達速度も遅くなる。
遠い土地にいたサステナが王城が落ちたのを知らなかったのも無理はないだろう。
「あんたらがピリピリしている理由はひとまず分かった。けど、別に敵がここに来ているって訳でもねえんだろ? コイツらは王都に攻め込んだヤツらとは関係ない。それはこの俺が保証するぜ」
「誰も亜人がディアーコ伯爵の軍にいたなどとは考えておらん。だが、今は状況が状況だ」
「・・・それ、さっきガレットのヤツも似たような事を言っていたな。一体何があったってんだ?」
お爺ちゃんはサステナの疑問には答えずにこちらの方を向いた。
「それをここで話す訳にはいかん。お前達、その者達を拘束せよ」
「なんだと!?」
『ダメ! みんな、抵抗はしないで!』
血の気の多いカルネが素早く魔法銃に手をかけるが、私はそれを押しとどめた。
「なんでだよ! このままみすみす捕まっちまうくらいなら――」
「カルネ、よせと言っている!」
「――ちっ! 分かったよ!」
カルネはウンタにもたしなめられると、渋々魔法銃を足元に落とした。
門下生の一人が素早くそれを拾い上げ、見慣れない武器に怪訝な表情を浮かべる。
黒い猟犬隊のリーダー犬、マサさんが警戒心も露わに私の側に寄った。
『黒豚の姐さん。ここはアッシら黒い猟犬隊に任せて貰えれば』
『大丈夫。マサさん達は後ろに下がってて』
お爺ちゃん連中の目的は我々の拘束にある。いきなり殺されるような事はないはずだ。多分。
抵抗を止めた隊員達に、お爺ちゃんは続けた。
「他の者達も全員武装解除せよ」
「・・・カルネ、ウンタ、済まねえが今はひとまずここにいる年寄り連中が満足するようにさせてやってくれ。誓って悪いようにはしねえからよ。・・・おい、爺さん。こうなりゃ絶対に納得出来る理由を聞かせて貰うぜ」
「無論だ」
隊員達は武器を取り上げられると一か所に集められた。
「そうだな、すぐそこに使っていない倉庫があったはずだ。窓に格子も入っているし丁度いいだろう。そこに連れて行け」
「はい!」
こうしてクロカンの隊員達は門下生達の手によって近くの建物へと案内されて行った。
残ったのはサステナとお爺ちゃん集団。
そしてなぜか私とマサさん達黒い猟犬隊の犬達。
『失念中?』
『ああうん。もちろん水母も――『私もいますよ』それにロワもね』
どうやら私達人外組はウンタ達亜人のペット枠だと思われたようだ。お爺ちゃん連中はそんな存在をわざわざ拘束する意味を感じなかった模様。
「・・・・・・」
「どうしたサステナ?」
「いや、なんでもねえ。なあ、コイツらに水を飲ませてやってもいいか?」
「好きにしろ。ただし動物を建物の中には入れるなよ」
サステナは何とも言えない微妙な顔でこちらを見ていたが、まあいいか、といった感じに割り切ったのだった。
次回「メス豚とサッカーニ流十六天」




