8 簪の秘密
「17年前、エバーグリーンはこの街から姿を消しました。
彼女はフィッシャー氏が探していた宝を持って逃げました。」
再び語り始めたカメリアの声が阿片窟の薄闇に響く。
「同じとき、東洋人の女性ハンメイもこの街から姿を消しています。
2人の女性の失踪は無関係ではないでしょう。」
おれの母とメイティンの母には、どんな関係があったのだろう。
カメリアは「フィッシャーの探している宝はもともとハンメイのもとにあったのですわ。」と言う。
「フィッシャーはカーマインたちに宝の捜索をさせました。
ハンメイがその情報を知り、危険から逃れるため身を隠すことができたのは、カーマインの仲間の中に密告者がいたからです。
それがエバーグリーンですわ。」
「母はハンメイのためにカーマインたちを裏切ったというのか?」
「どうしてそんなことを。」と首を傾げたおれに、カメリアは確信を持った声で答える。
「エバーグリーンとハンメイは友人だったのですわ。」
おれは「根拠はあるのか。」と疑ったが、カメリアは確信に満ちた顔で頷く。
「根拠は、アレクシス様に残された形見の簪でしてよ。
そろいの簪は2人の友情の証として、ハンメイがエバーグリーンに贈ったのですわ。」
カメリアは、「メイティン様も同じものを母の形見としてお持ちなのでしょう?」とメイティンに言った。
メイティンは髪を纏めていた翡翠の簪を抜き取った。
提灯の光に、翡翠の簪は鮮やかにきらきらと輝く。
「東洋の国では、特別な相手に簪を贈るンだってさ。」
メイティンはおれに微笑みをむける。
「あたしの母親にとって、あんたのお母さんは簪を贈るほど大切な人だったのかもしれないね。」
エバーグリーンとハンメイ。
身分違いの恋をし、子を宿した2人の女性。
境遇の似ている2人の間には、西洋と東洋の壁を越えた絆があった。
その絆の証は、それぞれの子に託され、おれとメイティンの縁を結んだのだ。
「フィッシャーが狙ってた宝は、2人が持つ翡翠の簪だったのか。」
メイティンは簪を、恋人がハンメイに買い与えたものだと言っていた。
ハンメイはそのうちのひとつを母に渡したのだ。
東洋から持ち込まれた希少な簪は高値で売れるだろう。
しかしカメリアは「そうではありませんわ。」と否定する。
「フィッシャー氏の言葉を思い出してくださいまし。」
主人の言葉を受け、すぐにヒルダが手帳の記録を確認する。
ヒルダは「フィッシャー氏は次のように発言しています。」と読み上げる。
「『あの宝は貧民が持っても役に立たないというのに。
私のような者でなければ、あれを金に変えることは出来ん。
宝を必要としてるのは、貧民には会うことも叶わぬお方なのだから。』」
カメリアは「宝が簪ならこの発言は不自然ではありませんこと。」と言う。
「翡翠の簪、しかも東洋で作られたものは非常に価値がありますわ。
けれども、売り手が誰であっても高値で売ることができるはず。
身分や立場は問題になりませんわ。」
たとえ富裕層に直接会えない身分だろうが、売る方法はいくらでもあるのだ。
フィッシャーのいう、貧民が会えない高貴な人に売らずとも金に変えられる。
フィッシャーにとっての本命は簪ではないのだ。
「じゃあ、フィッシャーが欲しがった宝ってなんだ。」
おれはカメリアに答えをせかした。
カメリアはメイティンの顔を見て言う。
「ハンメイとエバーグリーンが命をかけて守った宝。
それはメイティン様、貴方なのですわ。」




