5 翡翠の簪
おれを助けてくれた東洋の娘、メイティンはおれを彼女が働く阿片窟に案内した。
店の中はどこか甘い匂いがして、煙っぽい。
天井から下げられた鮮やかな色の提灯。
精巧な飾り模様が彫られた長椅子。
東洋の文化が色濃く香る阿片窟は、異国のようだった。
「あんた、何したか知らないけどカーマインに狙われてんだろ。
この街にいるつもりなら、しばらくここに隠れてたほうがいいよ。」
メイティンは「ここはあたしらの縄張りだから、あのごろつきたちも好き勝手出来ないのさ。」と笑った。
この街には、カーマインが従える西洋人のならず者たちと、東洋人たちの2つの派閥がいるらしい。
母はカーマインの派閥にいたのだろう。
母は彼らを裏切り、恨まれていたのだろうか。
しかしカーマインは母がもう死んでいることを知らないようだった。
カーマインはおれを捕まえて人質にし、母を呼び出そうとしていた。
母を殺したのは、カーマインではないのか。
赤ん坊の頃に生き別れた母を探していると話すと、メイティンは「あたしも母親にあったことがないんだよ。」と言った。
「あたしの母親はハンメイって名前で、東洋の遊女だったらしい。
高級な店で働いてた母親は、高貴なお方と恋に落ちて子を授かった。
それがあたしなんだってさ。」
メイティンは後ろを向いて、髪に刺した翡翠の簪をみせる。
色鮮やかな翡翠は濡羽色の髪の艶やかに飾り、メイティンによく似合う。
「この簪は、その高貴な方が母親に買い与えたものなんだってさ。」
そんなにも貴重なものなのかと驚くと、「本気にするんじゃないよ。」と笑われた。
「本当かどうかは知らないよ。
でも、高貴な血が流れてるって言ったほうが何かと生きやすいだろ。
西洋人の客はそういうのが好きだしね。」
高貴な人物からの贈り物かどうかはわからないが、メイティンの簪は彼女の母親ハンメイが東洋から持ち込んだものなんだろう。
何故、それと同じ簪をおれの母が持っていたのだろう。
メイティンはなにか知っているだろうか。
「お母さんは東洋の遊女だったというけど、メイティンも東洋で生まれたの?」
メイティンは「いいや、あたしは東洋の地を踏んだこともないよ。」とひらひら手を振った。
「あたしはこの街で生まれて、一度も外へ出たことないんだ。
母親は男たちに紛れて東洋からこの街に移り住んだんだってさ。
しばらくはこの街に住んでいたみたいだけど。
母親はまだ言葉も知らないあたしを阿片窟に残して、いなくなったんだよ。」
「おおかたもう死んでるだろうね。」とメイティンはなんでもないふうにいう。
「この国は女がひとりで生きていけるほど優しくないだろ。
母親がいなくなったのは17年も前なんだしね。」
おれの母と同じく、ハンメイもこの街で暮らし、そして子どもを残していなくなった。
メイティンに残されたのも、翡翠の簪。
17年前、翡翠の簪を残してこの街から姿を消した二人の母親。
西洋人と東洋人、異なる派閥にいたはずの2人は、何故同じ翡翠の簪を子どもに託していなくなったのだろうか。
追えば追うほど、母のことはわからなくなる気がした。




