4 深緑の瞳
寄宿学校を抜け出したおれは、大通りを南に進み線路の高架下をくぐった。
父と母が出会った街に向かったのだ。
父はこの街に迷い込み、ここで暮らす母と出会ったのだと言う。
別段、何か調べるあてがあったわけではない。
母がいたという街を見たかっただけだ。
だから、おれがその男に会えたのは全くの偶然である。
運が良かったのか悪かったのかはわからない。
路地をぼんやりと歩いていたおれは、ガラの悪い男とぶつかってしまった。
おれはとっさに「すみません。」と謝ったのだが、男は面食らい、そして下品に笑った。
「すみません、だって?
なんだよ、兄ちゃん随分お育ちがいいじゃねえか。」
どうやらよそ者だとばれたらしい。
男は「兄ちゃん、俺たちの街で何してんだ。」と聞いた。
「母を探しに…。」
「あ?
ママはこんなとこにいねぇだろ。」
男は歯を剥き出しにして笑ったが、おれと目が合うと驚いた顔をした。
「待てよ、その深緑の瞳、見覚えがあるぜ。」
男はまじまじとおれの顔をみて「よく見りゃ顔立ちも面影がある。」と言う。
「母を知ってるんですか。」
「あぁ、知ってる。
だが俺よりもっと詳しい奴がいるから、そいつに会わせてやるよ。」
疑いもせずに薄暗い路地裏へついて行ったのは世間知らずだったと今では反省している。
おれが紹介された男は、カーマインと名乗った。
明らかに本名でないその呼び名は、彼の燃えるような赤毛に由来するのだろう。
カーマインは会うなり、「こりゃすごい、その顔みりゃすぐにわかるぜ。」とおれの顎を掴んで引き寄せた。
「その小賢しい深緑の瞳、奴の生き写しじゃねぇか。
お前、エバーグリーンの息子だろ。」
エバーグリーン。
母はそう呼ばれていたのか。
カーマインは「お前のママのことはよぉっく知ってるぜ。」と笑う。
「大事な仲間だったからなぁ。」
周りの粗暴な男たちは、皆カーマインに従っていた。
カーマインは、この街のならず者たちの首領なのだろう。
母も彼に従っていたのだろうか。
「坊主、ママを探しにここまで来たんだったな。」
おれは素直に頷いた。
「実はな、俺たちもお前のママを探してるのさ。
ながぁい間な。」
地を這うような低い声で、「奴は俺たちを裏切ったんだ。」と言った。
「奴にはけじめをつけさせなきゃならねぇ。」
まずいと感じたおれはその場を離れようとしたが、カーマインにがっちりと肩を掴まれる。
「そう怯えるなよ、坊主。
おとなしくしてくれりゃ痛くはしねぇよ。
一緒にママが迎えに来るのを待っててやるからよ。」
そのとき、ばちばちと大きな音が鳴って火花が弾けた。
爆竹だ。
カーマインが力を緩めたその一瞬で、おれは駆け出した。
「おい待て!」
おれは必死で走った。
曲がり角を駆け抜けたところで、誰かにぐいと手を引かれ脇道に引き込まれた。
「あんた、平気かい。」
おれの手を引いたのは、濡羽色の髪に切長の目をした東洋の娘だった。
娘は「静かにしな。」と短く言う。
娘にならって息を殺すと、追っ手がすぐ目の前を通り過ぎていった。
「あいつらに絡まれるなんてあんたもついてないね。
助けてやるからついてきな。」
手招きする娘の後ろ姿をみたとき、おれは目を疑った。
濡羽色の髪をまとめている翡翠の簪は、母の形見の簪と瓜二つだった。




