3 知らない女
1ヶ月前、おれは寄宿学校の理事長室に呼び出された。
同級生たちに何をやらかしたんだと散々揶揄われ、少し緊張しながら向かったのだが、要件はお説教ではなかった。
授業中に居眠りした言い訳を考えていたおれは拍子抜けした。
理事長は、「お父上がお呼びだからすぐに行きなさい。」と言ったのだ。
言われるがままに馬車に乗せられ連れて行かれたのは、霊安室だった。
父はひどく悲しそうな顔で、横たわる遺体を見つめていた。
父のそんな顔を見たのは初めてだった。
遺体は、知らない女だった。
髪を短く切り、男物の服を着たその女は、とてもじゃないがいい暮らしをしていたとは思えなかった。
みすぼらしく、哀れだと思った。
女の遺体は、寄宿学校からほど近い森の中で発見されたらしい。
遺体には殴られた痕があり、さらに額を撃ち抜かれていた。
放心していた父は、やっとおれが来たことに気づくと、絞り出すように言った。
「アレクシス、この人がお前の母さんだ。」
これがおれの初めての母との対面だった。
そうなのか、としか思えなかった。
それよりも、おれは父の様子の方が気になった。
「父さんはどうしてそんなに悲しんでるの。」
父は目に涙を浮かべ、「この人を愛していたからだ。」と答えた。
この答えにおれはものすごく驚いた。
「父さん、おれは孤児院から引き取られた養子なんじゃないの。」
父は隠そうとしていたようだが、他人の口に戸口はつけられない。
物心ついたころには、おれは自分が孤児院の赤子だったと知っていた。
しかし父は首を振った。
「アレクシス、確かにお前が孤児院に預けられたのは事実だ。
だがお前は私の血のつながった息子だ。
お前は、私とこの人の子どもなんだよ。」
父が言うには、父と母は身分違いの恋だった。
母が子を身籠ったと聞き、父は母と結婚するため親族を説得しようとした。
しかしそれが済まないうちに、母は姿を消した。
父に見つけることができたのは、孤児院に預けられた赤子だけだった。
赤子は、母が大切にしていた翡翠の簪を持っていた。
父はそれで赤子が母の子だと確信した。
こうしておれは父に引き取られたのだという。
それから父は今日までずっと母を探していた。
17年が経ち、ようやく見つかったのが、この遺体の女だった。
「知人の警官から、身元不明の女性が遺体で見つかったと聞いてね。
特徴が似ていたから、まさかと思ったんだが…。」
遺体の顔をみて、父はすぐに母だと気づいたという。
「見間違えようがないさ。
何年経っても、どんな姿でも、愛おしいひとだから。」
父はそう言って涙をこぼした。
寄宿学校へ戻ったおれは、それからの1週間をぼんやりと過ごした。
授業など、まるで手につかなかった。
ずっと同じことばかりを考えていた。
母は誰に、何故殺されたのか。
どうしておれを孤児院に置いていったのか。
母は、どんなひとだったのか。
どうしても知りたかった。
そしておれは、寄宿学校を抜け出した。




