体力勝負
大変
フィギュアスケートを習うことになった舞莉子。松阪市に新しいスケートリンク場が出来るまでは名古屋市を往復する日々だった。
琢郎さんが華織さんを紹介をしてくれてさらに連絡先まで教えてくれた。基本的には土日だが、多忙の華織さんの予定をもとに練習が作成される事になる。
まるでアルバイトのシフト表みたいな形で華織さんの予定と練習に来て欲しい日が書かれたPDFデータが送られてきた。思わずママは練習日以外は何をしたらいいのかと尋ねた。
柔軟とストレッチは欠かさずに行うように言われ、舞莉子に伝えていた。
学校が終わった日は宿題を終わらせてレゴランドで買ったレゴブロックで遊びつつも時間を決めて途中でも崩れないようにしておいて置く。そして縄跳びを晩御飯が出来るまで行う。晩御飯を食べ終わったらお風呂に入ってからストレッチをしてから部屋で眠る。これが舞莉子のルーティーンとなっていた。
練習日はパパとママ、そして舞莉子家族総出で家にある松阪市から名古屋市に向かう。
行くと毎回の様に練習着とシューズを借りて華織さんに練習を見てもらっていた。褒め上手だなと思いつつパパとママは舞莉子を見守っていた。
練習が終わった後に華織さんから自分用の練習着とスケート靴を買った方がいいですよ。レンタルするのにも毎回払わなきゃいけないし、舞莉子ちゃんが来る時に毎回あるとは限らないので。消耗品でお金がかかるのは承知の上ですが……。お願いしますと頭を下げられた。
さすがにそうだよなと今の舞莉子の寸法を測ってスケート靴のサイズを合わせて注文をしてもらって、自宅に郵送してもらう事になった。お金は振込で、消耗品だからまた必要な時はここから注文すればいいとURLを添付して送ってくれた華織さん。何から何までという気持ちだった。
いつになったら地元の松阪市になったらスケートリンク場が出来るのかとパパは憤りを感じていたが言うばかりであの時の場所に行くことは特になかった。
忙しい合間を縫って華織さんは定期的に名古屋市に来て舞莉子1人の為に来てくれる。疲れた顔を1つせず教えている姿も楽しそうで嬉しい気持ちになるパパとママ。
それからスケートリンク場が出来るまでの期間、松阪市と名古屋市の往復で舞莉子本人だけでなく、見守っているパパとママも疲弊していた。
そういえば華織さんはいつもどこから来ているのか。そういったことを聞いたことはなく、聞いていいものだろうかとすら感じている。
たとえ小学生の舞莉子が習い事として始めるとは言ったものの、態々《わざわざ》時間を割いて来てくれてるから続けなくてはダメ。そんな親バカで今で言う親ガチャに外れたと言われかねないことは消して口にすることはなかった。




