自傷行為
その日も、放課後に呼び出された。
旧校舎。
いつもと同じ場所。
いつもと同じ顔ぶれ。
拳が振るわれ、罵声が飛び交う。
抵抗しない彗を殴ることに飽きると、彼らは満足したように笑いながら帰っていった。
──いつもなら、それで終わりだった。
「やっぱり……おかしいよ」
静まり返った教室に、小さな声が響く。
振り向くと、北宮凪が立っていた。
唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな顔で彗を見つめている。
その苦しそうな表情は、殴られた彗よりも痛そうに見えた。
「北宮さんも変わってるね」
彗は何事もなかったように制服の汚れを払い、乱れた髪を整える。
まるで転んで少し汚れただけのように。
「どうして……そんなこと言えるの?」
凪は震える声で問いかける。
彗は少し考えるように目を伏せてから、静かに答えた。
「どうにもならない状況に、自分から首を突っ込んで。」
「勝手に傷ついて。」
「勝手に苦しむ。」
その声には皮肉も怒りもない。
ただ事実を述べるような静けさだけがあった。
「北宮さんは優しい。」
「でも、その優しさは自分を傷つけるだけだ。」
凪は息を呑む。
この人は、やっぱり──。
自分の痛みには鈍感なのに、人の痛みだけは誰よりも見えている。
そんな思考を断ち切るように、彗は言葉を続けた。
「それは、自傷行為と一緒だ。」
その一言に、凪は目を見開いた。
「違う……!」
思わず叫ぶ。
「私は水平君を助けたいだけ!」
「助けたいなら。」
彗は静かに言う。
「まずは、自分を傷つけない方法を覚えた方がいい。」
凪は返す言葉を失った。
雨が、壊れた窓から静かに吹き込んでくる。
その音だけが、二人の沈黙を埋めていた。




