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水平線の向こうの彗星  作者: はまちゃん


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17/24

世界が終わる

病院から戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


家の中は静まり返っている。


誰もテレビをつけようとはせず、夕食も最低限の会話だけで終わった。


まるで、お通夜のような空気だった。


その夜。


食器を片付け終えた彗が自室へ向かおうとすると、後ろから凪に呼び止められる。


「……水平君。」


「今日、一緒に寝ない?」


彗は思わず振り返った。


「……え?」


「波が、一人じゃ眠れないって。」


「私も……。」


言葉を飲み込む。


「今日は、一人になりたくなくて。」


彗は少し困ったように頭をかく。


「いや、それは……。」


「さすがにまずいと思う。」


「俺はソファで寝るから。」


そう言って断ろうとする。


しかし。


「ダメ。」


珍しく、凪がきっぱりと言った。


「今日は、お願い。」


隣では波も両手を合わせている。


「お願い、お兄さん。」


「今日だけでいいから……。」


二人に見つめられ、彗は長いため息をついた。


「……分かった。」


結局、押し切られてしまった。


そして数分後。


「……。」


「……。」


「……。」


彗は状況を理解できずにいた。


「……なんで。」


ベッドの真ん中に自分が寝かされ、


右には波。


左には凪。


三人が川の字になっている。


「なんで、三人が同じベッドなんだ……?」


思わず呟く。


波は少しだけ笑う。


「だって、お兄さん逃げようとするもん。」


「真ん中なら逃げられないでしょ?」


「そういう問題じゃない……。」


彗は困り果てたように天井を見上げる。


凪も少しだけ苦笑する。


「ごめんね。」


「でも、今日は……。」


「誰かが隣にいてくれるだけで安心できるの。」


その声には、昼間まで必死に堪えていた不安が滲んでいた。


彗はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。


「……今日は特別だから。」


「うん。」


凪は静かに目を閉じる。


波もぬいぐるみを抱きしめながら、彗の腕をそっと掴んだ。


部屋には静かな寝息だけが少しずつ増えていく。


彗だけは眠れず、暗い天井を見つめていた。


夢に落ちる感覚。


いつも決まって、この夢を見る。


雨上がりの公園。


夕日に照らされたベンチ。


そこには、一人の少女が座っていた。


嶋口櫂。


中学三年生だった、二年前の記憶。


今でも思う。


──綺麗だった。


誰よりも優しく笑う人だった。


「ねぇ、彗。」


櫂は空を見上げながら微笑む。


「世界が終わるって、なんだか素敵な響きだと思わない?」


「……僕は怖いけどな。」


彗が苦笑すると、櫂はくすっと笑った。


「なんで?」


「もう、この先がないって思うから?」


「うーん……そうかな。」


櫂は少し考えてから続ける。


「でもね。」


「満員電車もなくなる。」


「学校にも行かなくていい。」


「もう、いじめられることもない。」


その言葉に、彗は何も返せなかった。


櫂もまた、その美しさゆえに嫉妬され、陰口や嫌がらせを受け続けていた。


「それにね。」


櫂は胸に手を当て、小さく笑う。


「心が痛くなることも、もうない。」


夕日が彼女の横顔を優しく照らす。


あまりにも綺麗で。


あまりにも儚かった。


「……。」


彗は黙ったまま俯く。


そんな彗を見て、櫂は立ち上がった。


「でも。」


「彗だけは、生きてほしいけどね。」


そう言って笑う。


その笑顔は、今まで見た中で一番優しかった。


次の瞬間。


櫂はそっと彗へ近づく。


そして。


唇が重なった。


彗にとって、生まれて初めてのキスだった。


「えへへ。」


顔を赤くした櫂は照れ隠しのように笑う。


「これで忘れられないでしょ?」


「……うん。」


それしか言えなかった。


二人はその日、夕暮れの駅で別れた。


「また明日。」


それが最後の会話だった。


翌日。


櫂は学校へ来なかった。


その次の日も。


一週間経っても。


一か月経っても。


誰も理由を教えてくれなかった。


ただ、「転校したらしい」という噂だけが流れた。


それ以来。


彗は、嶋口櫂に二度と会うことはなかった。


夢の中の彼女だけが、あの日と変わらない笑顔で微笑み続けている。

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