沈黙
ショッピングモールを歩きながら、三人は他愛もない話をしていた。
そんな穏やかな時間は、不意に終わる。
「……あれ?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、野原司を中心とした数人の男子が立っていた。
「へぇ。」
野原は口元を歪める。
「水平じゃん。」
「珍しいな。休日に出歩いてるなんて。」
その視線が凪へ移る。
「しかも北宮と一緒?」
「おいおい。」
「誰に許可取って、人の女に手ぇ出してんだよ。」
周囲の男子たちが下品な笑い声を上げる。
その瞬間。
彗の頭の中が急に冷えた。
――そうだ。
薄々気付いていた。
学校の外にいても、自分たちの日常は続かない。
平穏な時間なんて、長くは続かないのだと。
野原は今度は波へ目を向ける。
「へぇ、この子。」
「北宮の妹ちゃん?」
波は凪の後ろへ隠れる。
「そんなやつといるよりさ。」
野原は笑顔を作る。
「俺たちと遊ぼうぜ。」
「今日は休日なんだし。」
「……結構です。」
凪は波をかばうように前へ出る。
しかし野原たちは構わず距離を詰めてくる。
「いいじゃん。」
「少しくらい。」
周囲の視線も集まり始める。
騒ぎを大きくしたくない。
そう考えた凪は、一瞬だけ彗を見る。
彗は静かに頷いた。
「行ってきな。」
その声は落ち着いていた。
凪は不安そうな表情を浮かべながらも、波の手を握り、野原たちに連れられてその場を離れていく。
二人の姿が見えなくなったあと。
彗はスマートフォンを取り出した。
少し前に交換した、凪の連絡先を開く。
『先に帰ってる。気を付けて。』
短い一文だけ送信する。
送信完了の表示を確認すると、彗はスマートフォンをポケットへしまった。
何事もなかったように、一人、帰路についた。
夕暮れを過ぎた頃。
ガチャリ、と玄関の扉が開く音がした。
「……ただいま。」
凪の小さな声。
その後ろから、波も控えめに続く。
「ただいま……。」
キッチンでは、彗が黙々と夕食の支度をしていた。
フライパンの上で食材が焼ける音だけが、静かな家に響く。
二人が帰ってきても、彗は何も聞かなかった。
「何があった?」
「大丈夫だった?」
そんな言葉は、一つも口にしない。
ただ、いつも通り三人分の皿を並べる。
「もうすぐできる。」
それだけだった。
やがて夕食が食卓に並ぶ。
「いただきます。」
三人の声は揃わなかった。
波は俯いたまま黙々と箸を動かし、凪も何かを考え込むように食事を口へ運ぶ。
彗もまた、静かに食べ続けていた。
食卓にあるのは、箸の触れ合う音と食器の小さな音だけ。
会話らしい会話は、一つもない。
それでも彗は、その沈黙を無理に埋めようとはしなかった。
話したくない時は、話さなくていい。
そういう時間も必要だと知っていたからだ。
凪はそんな彗を横目で見つめる。
何も聞かない。
何も責めない。
ただ、いつも通りの時間を用意してくれる。
その優しさが、かえって胸に染みた。




