約束
夕食を食べ終え、リビングでのんびりしていた時だった。
波がソファの隣へちょこんと座る。
「ねぇねぇ、お兄さん。」
「どうした?」
本から顔を上げると、波は何か企んでいるような笑みを浮かべていた。
「今度の土曜日、お出かけしよ!」
期待に満ちた瞳で見つめてくる。
彗は少しだけ考える。
「俺と?」
「うん!」
波は大きく頷いた。
「お姉ちゃんも一緒!」
「三人で行きたい!」
その言葉に、彗は少し視線を落とした。
休日に誰かと出掛ける。
そんな経験は、いつぶりだろうか。
思い出そうとしても、記憶に浮かばない。
「……いいの?」
思わず漏れたその一言に、波は不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
「俺といても、つまらないかもしれない。」
波は少しだけ頬を膨らませる。
「そんなことないもん!」
「お兄さん、ご飯おいしいし!」
「お話もちゃんと聞いてくれるし!」
「優しいし!」
「だから一緒に行きたいの!」
真っ直ぐな言葉だった。
彗は少しだけ困ったように笑う。
「……分かった。」
「土曜日、行こう。」
「やったー!」
波は嬉しそうに両手を上げて飛び跳ねる。
そのはしゃぐ声を聞きながら、彗は静かに微笑んだ。
誰かと休日の予定を約束する。
それだけのことなのに、不思議と胸の奥が少しだけ温かくなっていた。
玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー。」
凪の明るい声が家の中に響く。
「お姉ちゃん!」
波は勢いよくソファから飛び降り、玄関へ駆けていく。
「おかえり!」
「ただいま、波。」
凪は優しく妹の頭を撫でた。
少し疲れた表情だったが、以前のような無理に作った笑顔ではない。
自然に笑えるようになっていた。
リビングへ入ると、彗と目が合う。
「水平君、ただいま。」
「おかえり。」
短いやり取り。
けれど、どこか温かい空気が流れる。
「ねぇ、お姉ちゃん!」
波が待ちきれない様子で凪の腕を引っ張る。
「土曜日、お兄さんと三人でお出かけする約束したの!」
「え?」
凪は驚いて彗を見る。
「……本当?」
「うん。」
彗は静かに頷いた。
「波ちゃんに誘われたから。」
凪は思わず笑みをこぼす。
「ふふっ。」
「水平君が休日に出掛けるなんて、ちょっと意外。」
「そうかな。」
「うん。」
凪は嬉しそうに頷く。
「きっと波も楽しみにしてるし……。」
少しだけ照れくさそうに続けた。
「私も、楽しみ。」
その言葉に、彗は一瞬だけ目を丸くする。
誰かに「一緒にいるのが楽しみ」と言われたことが、ほとんどなかったからだ。
「……そう。」
小さく返事をすると、少しだけ視線を逸らした。
その耳が、ほんのり赤くなっていることには、本人だけが気付いていなかった。




