第23話 ゆうがた
ナナに、水をかけられた。
「……っ!?」
ぴしゃっ。
冷たい感触が、頬から首筋へ伝う。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
そして目の前。
川辺で、ナナがちょこんと立っている。隣には、ニヤニヤしているミナ。
...こいつ。
「ナナァ〜...?」
低い声が出た。
ナナの目が、みるみる丸くなる。
「...ご、ごめんなさい...?」
謝りながらも、ちょっと笑いを堪えてない!?
絶対わざとだ!!
「やったなー!」
私は靴を脱ぎ捨て、川の浅瀬に突撃する。
「うわっ!?さな!?」
逃げるナナ。
ぱしゃぱしゃ、と水が跳ねる。
夏に近づき始めた午後の水は、少し冷たくて気持ちいい。
「待てぇぇぇぇ!!」
「みなーー!!たすけてーー!!」
「あははははっ!」
...ミナ、お前笑ってるだけかい!!てか、ニヤニヤしてたしあんたがナナに指示したんだろ!!
ナナはミナの後ろに隠れる。
「みな!かべ!」
「え、私!?」
「そう!みな、かべ!」
ひどい扱いだ。
「ミナくらえー!」
「いやいやいや、巻き込まないで!?」
だが遅い。
私は川の水をすくい上げ――
ぱしゃっ!!
「うわー!!」
ミナが、固まる。...え...?無反応...?濡れるの、嫌だったかな...?
ミナの前髪から、水滴がぽた……ぽた……と落ちる。
「ミナ、ごめ...」
「...サナ。」
...良かった、笑顔だ...?...いや、笑顔だけど!?
ミナは、ゆっくりしゃがみ込んだ。
水をすくう。
...嫌な予感。
「ナナ。」
「うん!」
何故かナナも参加姿勢。ちょ、待って。
「...え、2対1!?」
「当たり前じゃん?」
「さな、かくご!」
「裏切り者ぉぉぉ!?」
次の瞬間。
大量の水が飛んできた。
「ぎゃあああ冷たぁぁぁぁ!!」
川辺に、笑い声が響く。
鳥が驚いて飛び立った。
息が切れるまで騒いで。
服がびしょびしょに濡れて。
結局三人とも、川辺の草の上に座り込んだ。
「...はぁ...はぁ...。」
「つかれたぁ〜...」
「...たのしい...!」
ナナが、満面の笑みを浮かべていた。
太陽の光が、水面で反射している。
その笑顔を見て。
...ああ。
こういう日が、ずっと続けばいいのに。
ふと、そんなことを思ってしまった。
楽しい時間は、あっという間。
川で遊び始めた時、太陽はあんなに高かったのに。
もう、空はオレンジ色に染まり始めていた。
川の水面が、夕日に照らされてきらきら光っている。
「...もうゆうがただ...。」
ナナが、空を見上げながら呟く。
「ほんとだねぇ。」
ミナも、細めた目で空を見ていた。昼間みたいな騒がしさは、もう無い。遊び疲れたのか、三人とも少し静かだった。
川辺の草を風が揺らす音。
遠くで鳴くヒグラシ。
ゆっくり流れる川。
田舎の夕方って、なんでこんなに落ち着くんだろう。
「帰る?」
私が聞く。
するとナナは、少しだけ名残惜しそうに川を見る。
「...もうちょっとだけ...。」
小さな声。私はミナを見る。
ミナは、優しく笑った。
「じゃあ、あとちょっとだけね。」
「やった...!」
ナナは嬉しそうに笑う。
その顔を見ていると、帰ろうなんて言いづらくなる。
そして。
私たちは、川辺に並んで座った。
靴を脱いで、足だけ水につける。
ひんやりして、気持ちいい。
「...。」
ナナが、水面をぼーっと見ている。
夕日が、その横顔を赤く染めていた。
「ナナ、今日は楽しかった?」
私が聞く。
「うん...!」
即答。
「すっごく、たのしかった...!」
その声は、本当に嬉しそうだった。
「そっか。」
私は、小さく笑う。
「また来ようね。」
ミナが言う。
ナナは、目を輝かせた。
「ほんと!?」
「うん。今度はお弁当とか持ってきてもいいかもね〜。」
「ぴくにっく...!」
ナナは、また新しい言葉を覚えたみたいに呟く。
その様子に、思わず笑ってしまう。
...なんだろう。
少し前まで、HAなんて、ただの機械だと思ってた。
でも今のナナを見てると。
泣いたり。笑ったり。怖がったり。はしゃいだり。
そんな姿が、人間と違うようには見えなかった。
夕日が、ゆっくり沈んでいく。
そして。
「...さむくなるまえに、かえろっか。」
ミナが、静かに言った。
私は立ち上がる。その直後。
ばしゃーん。
ナナが、また私に水をかけた。
ナナは笑いながら、帰路の方向へ走った。
「ちょ、ナナ!!待てーーーい!!!」
ミナも笑いながら、私たちの後を追う。
川辺に長く伸びる、三人分の影。
その影が、まるで本当の家族みたいに並んでいた。




