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第三話:銭投げ

 出発の朝。南門の前で、女剣士と槍戦士が待っていた。

 頭巾を被り直す。短い髪が首筋で擦れた。久しぶりの遠出だ。


 槍戦士は、ガルトと名乗った。

 俺よりも、頭一つ分くらい大きい。痩せた俺の隣だと、なお大きく見える。

 俺のことは、メルダから聞いているんだろう。

 鼻を鳴らして、すぐに槍の手入れを始めてしまった。


 女剣士の方は、リーネと名乗って、軽く頭を下げた。

 上背は、俺とあまり変わらない。女にしては大きいが、剣士にしては小柄だろう。

 亜麻色の髪をひとつに括っている。歳は俺より三つ四つ下か。

 手入れの行き届いている革鎧が、彼女の性格を表わしている気がした。


 槍戦士、剣士、投擲士。勇者の一党に最後まで残れた試しがない職ばかりだ。

 ガルトとリーネが準上級。俺は中級。真上級はいない。

 魔物討伐は本来、勇者の仕事だ。だが、勇者だけでは世界中の魔物は捌ききれない。

 あふれた依頼が冒険者組合に流れてくる。それが、俺たちの仕事だ。

 そんな三人で、南の街道に向かって歩き出した。

 

 街道を外れて半日。森に入った頃には、ガルトの口が軽くなっていた。


「なあ、銭投げってのは、要するに金をばら撒くわけだろ?」


 退屈なんだろう。同じような話を繰り返している。


「まあ、そうだな」

「はは、潔いな。自分で認めるのかよ。勇者様に見限られるのも道理だな」


 ガルトは、つまらなそうに笑った。

 リーネは、黙って前を歩いている。

 言い返しても意味がない。銭投げの威力は、見てみないと分からない。


 陽が中天に上ったところで、休憩にした。

 ガルトは、木の根に腰を下ろして、干し肉を齧っている。


 俺は竹筒の水を飲んで、外套の内懐から聖銭を取り出した。

 全部で10枚。1枚ごとに、重さも厚みも微妙に違う。

 指の間を転がしながら、親指の腹で縁をなぞっていく。

 それぞれの感触は、すでに指に覚えさせていた。


「何をしてるんですか」


 リーネだった。

 近くに来て、聖銭を珍しそうに見つめている。


「銭の確認だ」

「磨いてるのかと思いました」

「磨いてもいる。汚れていると、指離れが悪くなるからな」


 外套の裾で、銭の表面を拭った。

 リーネは黙って見ていた。

 何をしているのか、分からないという目だ。


「……投げる前に、そこまで準備するんですね」

「1枚いくらだと思ってる。銀銭に換えたら——」


 言いかけてやめた。具体的な数字を出すと惨めになる。

 リーネは、何も訊き返してこなかった。聖銭の相場を知らないのかもしれない。

 日常生活で聖銭を使う機会はない。銅銭と銀銭で事足りる。

 しばらく、沈黙が続いた。


「ハンジさんは、なんでメルダさんの仕事を?」

「……他に、まともな仕事がないからな」

「私も、同じです」


 ぽつりと、独り言みたいに言った。


「準上級だからって、仕事があるわけじゃない。特に剣士は、勇者の下位互換って言われるから。どこに行っても、お払い箱です」


 そうか。こいつも余っているのか。

 だから、メルダの護衛なんて安い仕事を引き受けている。

 他に行き先がないのは、俺と同じか。


 1枚で仕留めれば黒字。2枚使ったら赤字。

 不遇な剣士の前で、赤字を出すのも気が引ける。

 何故だか、そう思った。



  ***



 リーネが足を止めた。

 剣の柄に手がかかっている。遅れて、俺とガルトも足を止めた。


 太い幹が三本、根元からへし折れていた。

 折り口は新しく、樹液がまだ光っている。

 地面には、何かを引きずった跡があった。


「……でかいな」


 ガルトが呟いた。

 俺は外套の内懐に手を入れて、聖銭を数え直した。

 足の裏が、地面の振動を拾う。


「おいおい、マジかよ……」


 槍を構えながら、ガルトが驚愕の声を上げた。

 体高は人の倍。四つの目が赤く輝き、前脚の爪が木漏れ日に反射している。

 鱗熊。聞いたことあるが、想像よりも遥かにでかい。


 リーネも剣を抜いた。

 鱗熊が吠える。木々が揺れる。


 ガルトが突っ込んだ。槍が前脚に当たる。鈍い音。穂先が弾かれた。


「硬ぇ!」


 ガルトは転がって前脚の薙ぎを躱す。

 リーネが横から入った。鱗の隙間を狙ったが、体皮の上を滑った。

 聖性のない刃では抜けない皮だ。魔物の肉は、魔の力に守られている。

 一発で抜くのが聖銭だが、まだ投げない。

 飛刀と石礫を投げ続けた。狙いは関節と眼。動きを鈍らせ、苛立たせ、吠えさせる。


「銭投げ、出し惜しみかよ!」


 ガルトが吠えた。返事はしない。

 鱗熊の脚がよろけた。ガルトが脇腹に槍を突き入れる。リーネが反対側から後脚の腱に剣を入れた。

 どちらも浅いが、皮膚から血が噴き出た。


 鱗熊が暴れた。前脚を振り回す。

 リーネが跳び退く。ガルトが避け損なって、木の幹に叩きつけられた。

 くぐもった、うめき声。


 俺は咆哮を待っていた。

 鱗のない口内。そこが急所だ。


 リーネに攻撃が集中する。石礫で援護していたが、反応が遅れ始めた。疲れだ。

 前脚が胴を掠め、リーネが木の根まで弾き飛ばされた。剣が手から離れる。

 鱗熊が倒れたリーネに向き直った。前脚を振りかぶる。


 外套の右の内懐。重い銭。投げた。

 狙いは顔面。注意を引き剥がせればいい。

 聖銭が頬を突き破る。鱗が割れ、肉を抉った穴の縁が白く焼けている。

 鱗熊が悲鳴を上げ、リーネから眼が逸れた。


 リーネが剣を拾った。立ち上がって、構え直す。


 鱗熊が俺を見た。頬の鱗が剥がれている。

 四つの眼が全部、こちらに向いた。胸が膨らむ。


 今だ。


 右の内懐に手が伸びた。あの銭だ。迷わなかった。

 踏み込んで、全身で投げた。

 鱗熊の口が開く。咆哮より速く、聖銭が口内の闇に消えた。

 鈍い音。頭蓋の内側で、何かが砕けた。


 四つの眼窩と口の中から、光が漏れ始める。

 最初は仄かに、それから明るく。鱗の隙間からも光がにじみ出した。


 鱗熊の後脚が折れて、前のめりに崩れ落ちた。

 しばらく痙攣していたが、二度と起き上がることはなかった。


「……赤字だ」


 気づいたら投げていた。仕方がない。


 リーネは、少し顔をしかめているが立っている。軽傷のようだ。

 ガルトが、木の根元から這うように立ち上がってきた。槍を杖代わりにしている。

 俺の方を一瞥して、何か言いかけて、やめた。


「……助かりました。ありがとうございます」


 リーネが、こちらに歩いてきて、頭を下げた。

 顔を上げたリーネの目には、朝とは違う色があった。


「すごいんですね、銭投げって」

「……まあな」


 リーネが少し笑った。

 俺は外套の前を閉じた。残った銭の手触りが、いつもより心地よかった。

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