第二話:借金
追放されてから1ヶ月。
勇者アルフレードの一党をクビになった事実は、3日で知れ渡った。
尾ひれもついた。借金男のハンジ。金遣いが荒くて切られた男。
ありもしない噂と言いたいところだが、嘘とは言い切れないから始末が悪い。
銭投げは金を使う戦技だし、クソ親父の借金もある。
おかげで、まともな仕事を受けられない。
田畑の害獣駆除で、食いつなぐ日々を送っていた。
石礫なら聖銭を使わずに済む。魔物には効かないが、獣なら一発だ。
今日は大猪を一頭仕留めて、報酬は銅銭3枚。
農夫が肉と野菜を分けてくれたので、飯には困らない。
焦げ鍋亭で、麦酒を頼んだ。銅銭1枚。これで所持金は、銅銭2枚。
肴も欲しい。明日は猪の肉があるし、もう1枚出してもかまわないか。
などと考えていたら、急に後ろの卓が騒がしくなった。
「あいつだろ。親父の借金で切られたっていう」
「ああ、銭投げか。聖銭を投げるなんて罰当たりな」
革鎧の傭兵が三人。わざと聞こえるように言っている。
無視した。麦酒を飲む。ここの店は、値段の割には旨い。ちょっと薄いが。
「おい、銭投げ」
椅子の背を掴まれた。角刈りの男が回り込んできた。顔が近い。酒の匂いがする。
「聞いてんのか。勇者様に捨てられた気分はどうだ?」
「……最悪だよ。お前の口臭くらいにな」
「はっ、余裕じゃねえか」
肩を押された。卓にぶつかって、麦酒がこぼれる。
次の瞬間、角刈り男の膝が崩れた。床に倒れる。
酒場の喧騒は止まらない。酔い潰れたようにしか見えなかっただろう。
後ろの二人が、仲間を見下ろしている。
何が起きたか、わかっていない。
額に赤い腫れが浮き始めているのに、誰も気づいていなかった。
杯に残った分を飲み干す。妙に旨く感じた。
銅銭を卓に置いて、焦げ鍋亭を出る。
俺の顔も知らないはずの連中が、親父の借金のことまで知っている口ぶりだった。
誰かが吹き込んでいるのか。深追いする材料はなかった。
あたりは、もう暗くなっていた。
外套の内懐に手を入れる。癖だ。聖銭があるか確かめてしまう。
今は石しかない。石では魔物は倒せない。借金は減らない。
あの革袋。100枚の聖銭。やめろ。未練がましい。
「いい腕だね、銭投げ」
女の声だった。焦げ鍋亭の軒先で、壁に背を預けて立っている。
三十歳くらいか。日に焼けた肌。女にしては体格が良い。傭兵だろうか。
「あの男の額。あれは投石の痕だ。酒場の中で、誰にも見られずに当てた」
値踏みの目だった。
俺は何も言わなかった。
「メルダだ。古物商をやっている」
聞いていないが、勝手に名乗られた。
「あんたの噂は聞いてる。勇者の一党から除名された借金男ってね。今のを見るまで、半信半疑だったよ」
「……噂の方は、間違いじゃないな」
「腕の方は、噂より上だね」
メルダがもう一度、目を細めた。嘲りではない。
「ついて来な。話がある」
それだけ言って、返事を待たずに歩き出した。
ついて来ると確信しているのか。
古物商。都合の良い想像が先に立つ。
少し癪な気分になったが、乗ってやることにした。
女の後を追って、焦げ鍋亭の灯りを後にした。
***
メルダの店は、大通りから三筋も離れた路地裏にあった。
看板は小さい。知らなければ、店だとは気づかないだろう。
店内には、灯りが点いていた。
番頭らしい老人が座っていたが、メルダを認めると、店の奥へと退がっていった。
古物商らしく、店の中には多様な商品が陳列されている。
古い燭台、細工の施された短剣、異国の陶器などなど……。
そして、聖銭だ。
息が止まった。
種類も時代も様々な聖銭が、所狭しと並んでいる。
こんな品揃えは見たことがない。
「勇者クレイブの聖銭じゃないか!」
最上段の額装で、目が釘付けになった。
他とは明らかに光沢が違う。知名度、年代、聖性。どれをとっても桁違いだ。
「さすが銭投げ。目利きだね」
メルダが、椅子に座りながら言った。
指が伸びそうになって、我に返った。
俺は客じゃないし、買う金もない。
「……それで、話ってのは?」
「あたしの商路を荒らしてる魔物がいる」
メルダが、茶を淹れながら続けた。
南の森に魔物が棲みついて、街道に出没しているという。
大型で強力。傭兵では歯が立たず、商隊が迂回を強いられているらしい。
「あんたに聖銭を貸す。それで片付けてくれ」
「……なんで俺に」
「銭投げの火力なら、大型でも仕留められるだろう。勇者に頼むより早いし、安く済む」
メルダが、茶を一口すすった。
俺もつられて一口飲んだ。
「同じ結果が手に入るなら、安くて速い方を選ぶ。当然だろう」
口角が上がった。商人らしい顔だ。
「前借りで戦えと」
「利子がないだけマシだろう?」
こちらの返事を待たずに、茶のおかわりを注がれた。
気の利く商人面をしやがる。
「聖銭の代金は、討伐報酬から天引きする。もちろん投げた分だけだ」
条件は明快だ。悪くない気はする。
「今回の報酬額は?」
「銀銭15枚」
「……一発で仕留めろと?」
「銭投げなら、できるだろ?」
足元を見ている。その上、自尊心をくすぐってやがる。
やり手だ。だが、悪くない。
聖銭1枚で、銀銭10枚分。一発で仕留めれば、銀銭5枚の黒字。銅銭換算で500枚。
半年分の食費にはなる計算だ。
「聖銭は選べるのか?」
「もちろん」
帳場の下から、木箱が出てきた。中には、大量の聖銭が入っていた。
棚にある名品とは、毛色が違う。無名の勇者ばかりだが、どれも聖性は強そうだ。
陳列されていないのは、蒐集価値が低いからだろうが、銭投げには十分な品揃えだった。
「こいつらは、触ってもいいよ」
メルダがそう言ったので、1枚取り上げた。
一ヶ月ぶりの聖銭。重さ。縁の手触り。指は覚えている。
弾く。硬い音が鳴った。
「……いい音だ」
「手入れはしているからね」
指の間を転がす。弾いて音を聞く。2枚、3枚と選んでいく。
重さが違えば、感触が変わる。厚みが違えば、軌道が変わる。
石と同じだ。投げ方に合わせて、選ぶ必要がある。
6枚目で、指が止まった。
摩耗が少なく、縁が立っている。聖性も強い。重さも申し分ない。
こいつは切り札になる。
「慎重だね」
「多けりゃいいってもんじゃない」
メルダが記録していく。全部で10枚。
少し多いと思ったが、何も言われなかった。
「討伐隊の出発は、明後日だ」
「人数は?」
「剣士と槍戦士。それと、あんたで三人だね」
聖銭を内懐に収めた。
外套が少しだけ重くなったが、足取りは軽い。
借金は増えたのに、おかしな話だった。
◆ハンジの懐事情
・所持金:銅銭2枚
・借 金:聖銭200枚




