第一話:除名
「勇者一党の名簿から、あなたの名前を外します」
カスパルが、書類から目を上げずに言った。
俺は椅子に座ったまま、聞いていた。指先が、膝の上で硬くなった。
意味は分かった。分かったが、すぐには飲み込めなかった。
「理由を、聞いてもいいか」
「もちろん」
カスパルが、ようやく顔を上げた。
銀縁の眼鏡の奥に、感情らしきものは見当たらない。三年経っても、この目には慣れない。
「銭投げの火力は認めています。それは最初に申し上げておきます」
物腰は柔らかい。だが、声には温度が感じられなかった。
「ですが、あなたの戦技は聖銭を消費します。貴重なアルフレードの聖銭を、です」
聖銭。勇者が魔物を倒すと手に入る、聖なる力を帯びた金だ。
この聖性が、魔物の外皮を貫く。俺にとっては、通貨であると同時に、矢玉でもあった。
「直近三ヶ月の戦闘で、あなたが消費した聖銭の総額は——」
数字を言われた。
正確かは分からない。数えたことがなかった。
「それだけの聖銭があれば、他にできることが山ほどあります」
装備の更新、回復薬の備蓄などと、カスパルが並べ立てた。
「それから、率直に申し上げます。銭投げは、評判が悪いのです」
カスパルが、眼鏡を押し上げてから続けた。
「聖銭には、神のご加護が宿っています。死後の救いを願って、懐に忍ばせる者も多い。それを魔物に投げつける……。世間では、罰当たりと見る者がいます」
言葉が一拍、止まった。
「正直に申し上げれば、私もそう思っております」
眼鏡の奥の目が、一瞬だけ俺を見た。
知っていた。聖銭を魔物に投げる人間を、世間がどう見ているか。
それでも、対魔物における火力という点では、強みのある戦技だから、俺はここにいるのだが……。
「仲間たちの間でも、評判は良くありません。アルフレードの聖銭は、額面以上の値がつきます。それを矢玉として消費されては、一党の損失になりますから」
そう来ると思っていた。
仲間うちでも、そう考えている者がいることは、薄々感じていた。
面と向かって、言われたことがなかっただけだ。
三年の実績。俺の銭投げが、仲間を救ったことは何回もある。
だが、カスパルのいう出費と評判が、重くのしかかった。
「アルフレードは――」
「遠征に出ておられます」
被せるように言われた。速かった。用意していた言葉だ。
アルフレードは遠征中でいない。その間は、すべてカスパルが決めることになっている。
銭の音。カスパルが、卓の上に革袋を置いた。
「聖銭100枚です。アルフレードの聖銭ではなく、我々の共有資金から出しています」
100聖銭。親父の借金の半分が片付く額だ。
腕を伸ばせば届く距離に、その革袋がある。手が伸びかける。
カスパルが、こちらを見ている。革袋に伸びかけた指から、目を離さなかった。
ここで受け取れば、それで終わりだ。カスパルの言い分を認めたことになる。
手が引っ込んだ。指先が震えている。拳を握り込む。
「要らねえ」
カスパルの視線が、わずかに動いた。
銀縁の眼鏡の奥で、無感情な瞳が、一瞬揺らいだような気がした。
気のせいかもしれない。
立ち上がる。椅子が倒れた。
膝が笑いかけた。
「……後悔しますよ、ハンジさん」
振り返らなかった。
扉を閉めた。
外に出た。拠点の裏通り。三年間、毎日通った道だ。
三歩で、親父の借金のことが頭を過った。
外套の内懐に手を突っ込む。指先に触れたのは、銅銭だけだった。
◆ハンジの懐事情
・所持金:銅銭3枚
・借 金:聖銭200枚
***
ハンジが出て行ってしまった。
カスパルは、卓の上に残された革袋を見た。背筋に冷たいものが走った。
受け取るはずだった。あの男には、その程度の打算はあると思っていた。
どうすべきか、カスパルが考えていると、扉が開いた。
現れたのは、魔女のヴェスペラだった。
「ハンジを切ったみたいだけど、アルフレードは知っているの?」
銀の髪、小柄な体。穏やかな顔立ちだが、目に意志の強さがある。
やっかいな奴が来た。ジワリと、カスパルの額にも汗が滲んだ。
「いえ、私の判断です。何か問題でも?」
ヴェスペラが睨んでいる。問題があるから来たのだろう。
「アルフレードには伝えるわよ」
「……ご自由に」
返事を待たずに、ヴェスペラは踵を返した。
扉が閉まる音。肩の力を抜く。無意識に、詰めていた息を吐いた。
卓の上の革袋に手を伸ばす。聖銭100枚。
ハンジは、受け取らなかった。それだけのことだ。
引き出しの奥にしまう。鍵をかける。指先が、少しだけ震えた。
アルフレードの帰還は、しばらく先のはずだ。まだ時間はある。




