第53話「守れない現実」
夜は静かだった。
戦いの余韻が、まだ街に残っている。
けれど——
迅だけが、落ち着かなかった。
(……おかしい)
あの時。
小夜が崩れた瞬間。
抱き止めた、その体。
——冷たかった。
ただ疲れているとか、そういう温度じゃない。
“熱がない”ような冷たさ。
指先に残っている。
あの感触が、離れない。
「……っ」
拳を握る。
(なんで、あんな状態で——)
守った?
守らせたのは、誰だ。
「……俺か」
吐き出すように呟く。
誰もいない夜。
その言葉だけが、重く落ちた。
---
次の日。
小夜は、いつも通りだった。
「おはようございます、迅さん」
柔らかく笑う。
何もなかったかのように。
その姿に——
苛立ちが走る。
「……無理するな」
低く言う。
小夜は、きょとんとした顔をする。
「無理なんて、していませんよ?」
嘘だ。
見ればわかる。
ほんのわずか。
立っているだけで、力を使っている。
それでも。
“いつも通り”を崩さない。
「……手、出せ」
「え?」
「いいから」
半ば強引に、小夜の手を取る。
その瞬間。
——確信に変わった。
冷たい。
昨日よりも。
はっきりと。
「……っ」
息が詰まる。
小夜は少し困ったように笑った。
「大丈夫ですよ、ちゃんと動いてます」
そういう問題じゃない。
「……なんで言わない」
声が、低くなる。
小夜の目が、わずかに揺れる。
「何を、ですか?」
「わかってるだろ」
一歩、踏み込む。
逃がさないように。
「その体だよ」
沈黙。
ほんの数秒。
それだけで、十分だった。
——やっぱり、知ってる。
「……迅さん」
小夜は、静かに口を開く。
「大丈夫です」
その言葉が。
何よりも、腹立たしかった。
「大丈夫なわけあるか」
初めてだった。
こんな声を出したのは。
小夜が、息を呑む。
「……俺は、守るって決めた」
震えている。
怒りじゃない。
抑えきれない何か。
「なのに——」
言葉が詰まる。
喉が、焼けるように痛い。
「……削れてるの、気づかないわけないだろ」
小夜の瞳が、大きく揺れた。
図星だった。
けれど。
それでも。
「……それでも、やります」
静かに。
はっきりと。
「ここは、私の居場所だから」
その言葉に。
何も言えなくなる。
わかっている。
止められないことも。
止めるべきじゃないことも。
全部。
それでも。
「……ふざけるな」
絞り出すように、言った。
小夜が、驚いた顔をする。
「居場所なら……」
拳を握る。
血が滲むほどに。
「失くすなよ」
その声は、もう怒りじゃなかった。
壊れかけている音だった。
「お前がいなくなったら、意味ねぇだろ」
静寂。
小夜の呼吸が、止まる。
こんな言葉を、聞くのは初めてだった。
迅の——
本音。
「……俺は」
言葉が続かない。
言えば、戻れなくなる。
それでも。
「……守りたいんだよ」
それが、すべてだった。
沈黙が落ちる。
長く。
重く。
逃げ場のない静けさ。
やがて。
小夜が、小さく息を吸った。
「……ありがとうございます」
微笑む。
いつものように。
けれど——
どこか、寂しそうに。
「でも、大丈夫です」
その言葉で。
何かが、決定的にすれ違った。
「私は、ここにいますから」
違う。
そうじゃない。
“今”じゃない。
その先の話をしているのに。
「……っ」
もう、言えなかった。
これ以上は。
壊れる。
完全に。
迅は、手を離した。
冷たさだけが残る。
「……好きにしろ」
それだけ言って。
背を向けた。
逃げるように。
その背中を。
小夜は、見つめていた。
呼び止めることもできずに。
ただ。
立ち尽くしたまま。
---
その夜。
迅は一人でいた。
誰もいない場所で。
壁に、拳を叩きつける。
鈍い音。
痛み。
そんなものじゃ、足りない。
「……守れねぇ」
掠れた声。
初めてだった。
自分の無力を、認めたのは。
「……どうすればいい」
答えは、ない。
ただ一つ。
確かなのは——
このままじゃ、失う。
その事実だけだった。
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一方。
小夜は、そっと手を見つめていた。
触れた場所。
さっきまで、握られていた場所。
ほんの少しだけ。
温もりが、残っている気がした。
「……大丈夫」
小さく呟く。
自分に言い聞かせるように。
けれど。
その指先は。
昨日よりも、確かに——
冷えていた。
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——守りたい者と、守られる者。
——すれ違い始めた、二人の距離。
そして。
その“代償”は、止まらない。




