第42話「神域の彼方、力の代償」
街として発展した朽葉村の中心、改築された水守の社。小夜は祠の前に立ち、深呼吸をした。手のひらに、じんわりとした温かさが広がる。水月の神格がさらに上がった今、神域の範囲は村を越え、森や川まで届くようになっていた。
「——こんなにも、広がるのね」
水月の声が背後から響く。彼の姿は、大人の落ち着きを備えた神の風貌に変わっていた。静かに、しかし力強く。
「小夜、今日の祈りはいつもと少し違うぞ」
小夜は頷き、祈りを始める。心の奥底で、神域の一つ一つに触れる感覚——それはまるで、土地そのものが息を吹き返すようだった。作物は既に安定していたが、神域の拡張で、川の流れが清らかになり、森の妖たちも落ち着きを取り戻す。
その瞬間、背後の草木がかすかに揺れ、白露が静かに姿を現す。
「……また広げたのか」
無言の観察者としての目を光らせる白露に、小夜は少しだけ笑みを返す。
「うん。でも、今回は……自分でも驚くほど、力が届いているの」
指先から伝わる感覚に、喜びが混じる。しかしその一方で、身体の奥に違和感が走った。
手首のあたり、指先の感覚が薄れる。呼吸が少し重くなる。
「……やっぱり、代償……」
そう呟いた瞬間、迅が駆け寄る。彼の目には心配と、いつもの守る意思が光っていた。
「小夜、大丈夫か?」
小夜は微笑んで、首を振る。
「うん、大丈夫……でも、少しだけ、力が……」
言葉を飲み込む代わりに、小夜は手を差し出した。迅は一瞬迷い、しかし彼女の手を包むように握る。その温もりに、彼女の心が少し軽くなる。
祈りを続ける小夜。神域はさらに広がり、川沿いの村境まで清浄な空気が流れ込む。妖たちが安堵の声を上げ、作物の葉は輝きを増す。
しかし、その代償も確実に進行していた。体温が少し下がり、指先の感覚が霞みかける。
「……でも、私は……守る」
小夜の瞳に決意が宿る。力を使うことの代償を恐れず、未来の街と人々を思い描きながら、祈り続ける。迅はただその背を守るように立ち、言葉を選ぶ。
「お前が消えそうになったら……俺は、止める。全部、斬る」
小夜はその言葉に胸を震わせ、顔を上げる。街の灯りに映る二人の影——守る者と祈る者。その距離は、かつての敬語だけでは測れないほどに近く、そして確かに互いの心を結んでいた。
神域は広がり続ける。力の代償も進行している。しかし、その中で小夜は知る——自分の存在は、消えゆくものではなく、未来を紡ぐための光であると。
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