第39話「公の場で見せる二人の距離」
街の広場は、祭りの準備で賑やかだった。小夜は人混みを歩きながら、背筋にほんのり緊張を感じていた。今日は、街の再生を祝う公的な神事。水月も現れ、神域の恩恵を受けた村人たちが集まっている。
「小夜、そっちの飾りは大丈夫か?」迅の声が耳元で低く響く。
小夜は、自然と背筋を伸ばして答えた。「はい、迅さん。問題ありません」
瞬間、彼の視線が小夜をじっと見つめる。その眼差しに、普段の距離感がほんの少し崩れる気配を感じた。
小夜は鼓動を意識しながらも、心の中で自問する。——いつまで敬語を使えばいいのだろう。
「……迅」
自然に、呼び捨てが口をついて出た。小夜自身も驚いた。人前で、こんなふうに呼んだのは初めてだったから。
迅はほんの一瞬、目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。「……そうか」
その短い反応に、小夜の胸が高鳴った。周囲の祝福の声や祭りの音が、二人だけの時間を包み込むように遠く感じられる。
「ありがとう、迅」
小夜は小さく微笑む。敬語ではない、けれど自然に心からの感謝がこもった声だった。
迅は少しだけ距離を詰め、彼女の肩に手を添える。「……俺も、お前が呼び捨てで呼んでくれるなら、もうそれでいい」
二人の間に、言葉以上の理解が生まれた。周囲に誰がいても、二人の心の距離は確実に縮まった——それを、誰もが知らぬまま、静かに、しかし確かに感じていた。
水月は小夜の隣で静かに微笑む。「……この距離、いいな」
妖も村人も、二人の存在を祝福するように、神域の風が穏やかに吹いた。
——この日、小夜と迅の距離は、公の場でも、心の中でも、確実に一歩近づいたのだった。
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