第36話「自然体」
月明かりが社の奥を静かに照らす。小夜はそっと肩を落とし、自然と迅の方へ寄せた。ほんの少し、だが確かに距離が縮まる。迅も同じように体を傾け、互いの呼吸が重なる。
「……小夜」
その声は、低くて穏やかで、まるで夜風に溶けるようだった。小夜は鼓動を感じながら、ゆっくりと顔を上げる。目が合う。言葉はいらない、全てが視線で伝わる。
小夜の手が、自然に迅の腕に触れる。少しだけ、指先を絡めてみる。硬い感触ではなく、温かさが伝わる。迅は一瞬、肩の力を抜き、僅かに小夜を引き寄せる。その距離感の変化が、小夜の胸をぎゅっと掴む。
「……こうして、そばにいてくれるだけで、安心する」
小夜の声は囁きのように弱く、でも正直だった。迅は黙ったまま、ただ小夜の存在を感じる。彼の心は、守るだけでなく、傍にいることの幸福に少しずつ揺れ始めていた。
「……お前が、こうやって俺の傍にいるなら……」
言葉はそこで止まる。十分すぎるほど伝わっているから。小夜は息を整え、肩をさらに寄せる。迅も、少しだけ自分の体を重ね、二人の間に小さな温もりの空間が生まれる。
夜は深まり、風は静か。けれど二人の間には、これまでになかった安心と、初めての確かな距離感が生まれていた。
小夜は心の中で思う――
「敬語をやめてもいいんだ……もう、自然でいられる」
迅もまた、自覚する――
「守るだけじゃなくて、傍にいることを、俺は望んでいるんだ」
肩を寄せ合う小さな夜の温もり。外の世界がどんなに騒がしくても、ここには二人だけの静かで確かな時間が流れていた。
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