第35話「二人の距離」
社の奥、月明かりだけが差し込む静かな空間。夜風が髪を揺らし、祭りの賑わいが遠くでかすかに聞こえる。小夜は、今日一日の疲れを手で撫でながら座っていた。
「……小夜」
背後から響く低い声。振り向くと、迅がそっと立っている。いつもと同じ無表情。でも、目の奥に光があることを、小夜は見逃さなかった。
「……迅」
少しだけ緊張で声が震える。
「……もう、敬語やめろ」
その一言に、小夜の胸がぎゅっと締め付けられる。呼び捨て。彼の口から出るそれだけで、心が震えるのだ。
「……わ、わかった」
小夜は少し照れながらも、自然に手を伸ばす。すると、迅も何も言わずに手を差し出してくれた。冷たくない――温かい。硬くない――柔らかい。
二人の手が触れた瞬間、空気が変わった。静かで、でも確かな鼓動が互いに伝わる。小夜は手をぎゅっと握り返す。
「……今日は、ありがとう」
小さな声が夜に溶ける。迅は口元をわずかに緩め、頷く。言葉は少ないけれど、その沈黙の中に「守る」「傍にいる」という気持ちがあふれている。
小夜は息を整え、そっと言った。
「……これからも、ずっと、傍にいてね」
迅の視線が、柔らかく揺れる。言葉はない。だけど、全て伝わる。胸の奥が熱くなる。
月明かりに照らされる二人。距離は自然に近づき、肩が触れ合う。小夜は少しだけ顔を赤らめる。迅もまた、心の奥で何かが揺れていることに気づく。
「……お前が消えるなら、俺は……全部斬る」
ふと思い出す自分の決め言葉。小夜を守るためなら、どんな困難も受け止める――それが、彼の本音だった。
小夜は安心して、微笑む。
敬語も遠慮もいらない。ここに、二人だけの信頼と温もりがある。
夜は深まり、街も静かに眠る。けれど、二人の心は初めて、同じリズムで確かに震えていた
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