第34話「敬語の先に」
夕暮れの光が街の屋根を染めて、影を長く伸ばしていた。
小夜は水守の社の境内で、静かに手を合わせて祈る。
「……ああ、今日も無事に」
手のひらに残る温かさを感じながら、指先に小さな違和感が走る。
——力を使いすぎたかもしれない。
それでも、胸の奥は軽かった。
村人が、妖が、街が、笑っている。
自分がここにいる意味を、実感できたから。
「小夜」
声に反応して振り返ると、迅が立っていた。
いつもの無言の威圧感ではなく、柔らかい影が揺れる。
「……来てくれたのですか?」
自然に、いつもの敬語が出る。
でも、言った瞬間、自分でも少し違和感を覚えた。
迅は微かに眉を動かしただけで、何も言わない。
それでも視線は温かく、小夜を見つめていた。
「……」
小夜の胸の奥が、じんと熱くなる。
敬語の向こうにある距離感。
知らず知らず、二人の間に壁があることに気づいた。
「……もう、敬語はやめます」
声は小さいけれど、揺るぎない。
迅の瞳が、ほんのわずかに揺れる。
「……?」
「敬語のせいで、あなたとの距離を感じるんです。
本当は——あなたに伝えたいことも、守りたい気持ちも、全部」
小夜は一歩、近づく。
「だから、もう敬語は使いません。迅」
空気が変わる。
柔らかく、夕陽に染まる影。
二人だけの世界が、少しずつ狭まるようで、胸が高鳴った。
迅は、視線を逸らさずに立っている。
「……そうか」
低く、短く、でも確かに彼の声が届く。
「……俺も」
その一言に、小夜は頬を赤く染める。
——敬語がなくても、心は届く。
——私たちの距離は、少し縮まった。
「これからも……守ってください」
「……ああ」
迅は無言のまま、手を伸ばす。
小夜の手と重なったとき、言葉以上のものが交わる。
夕陽が二人を包む。
静かに、でも確かに、心は通じ合った瞬間だった。
——敬語の向こうに、もう壁はない。
小夜は、自分の決意と共に、新しい一歩を踏み出した。
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この回で女性読者に刺さるポイントは:
敬語を外すことで恋愛距離感が縮む
恋愛と巫女としての成長が同時に描かれる
迅の本音は少しだけしか出さず、読者だけが心情を感じられる
二人の距離感を夕陽や空気感で表現
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