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追放された巫女ですが、神と妖に愛されて辺境を再生します  作者: KATARIBE


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第16話「祈りのかたち」

 境界が、音もなく軋んだ。


 それは割れる音ではない。

 もっと静かで、もっと嫌な感覚。

 “内側に滲み込んでくる”ような、侵食。


「……来たか」


 低く呟いたのは白露だった。

 その視線の先、社の外縁――空気が歪んでいる。


 黒くもなく、形もない。

 ただ、“枯れている”。


 温度も、気配も、命も。

 何もかもを奪い取るような存在。


「結界が……押されてる……」


 小夜は息を呑む。

 これまで守ってきた“境界”が、確かに揺らいでいた。


「小夜!」


 駆け寄ってくる迅の声。

 その顔には、明確な焦りが浮かんでいる。


「下がってろ。今回は今までと違う」


「違うって……」


「“考えてる”」


 白露の言葉に、小夜の背筋が凍る。


 ただの異形ではない。

 意志を持って、侵入してきている。


 その瞬間――


 境界が、ひび割れた。


「っ……!」


 音はない。

 だが確かに、“何か”が内側へ滑り込んだ。


 空気が、死ぬ。


 草がしおれ、地面の色が抜けていく。


「まずい……!」


 迅が刀を抜く。


 だが、その動きより早く――


「迅!!」


 小夜の叫びが響いた。


 足元から伸びた“それ”が、迅の足を絡め取ったのだ。


 黒い霧のようで、しかし重い。

 引きずり込まれる。


「くっ……!」


 振り払おうとするが、切れない。


 触れた場所から、力が奪われていく。


「離れろ……!」


 白露が飛び込む。

 だがその一瞬の遅れが、決定的だった。


 迅の身体が、膝をつく。


 呼吸が、浅くなる。


「迅……っ」


 小夜の足が、動かない。


 見ているだけ。

 何もできない。


 胸の奥で、何かが軋む。


――まただ


 その言葉が、脳裏に浮かんだ。


――また、救えない


 景色が、重なる。


 あの時と同じ。


 祈った。

 必死に祈った。


 けれど――


「……何も、起きなかった」


 声が漏れる。


 震えているのは、体だけじゃない。


 心が、崩れていく。


「やめろ……小夜……!」


 迅の声が遠い。


 伸ばされた手が、届かない。


 あの日と同じだ。


 必死に祈った。

 救いたかった。

 信じたかった。


 でも――


『お前の祈りは、届かない』


『役立たずの巫女』


『神なんて、いないのよ』


「……っ」


 呼吸が止まる。


 胸が、冷える。


 あの感覚。


 祈ろうとすると、心が凍る。


「……私は……」


 言葉が、出ない。


 祈れない。


 祈ってはいけない。


 祈ったところで、意味がない。


 また失う。


 また、何もできないまま――


「――逃げてるだけよ」


 鋭い声が、空気を裂いた。


 顔を上げる。


 そこに立っていたのは――凛だった。


「凛……」


「見ていられないわね」


 冷ややかな視線。

 だが、その奥にあるものを、小夜は見逃さなかった。


「祈れないんじゃない」


 一歩、近づく。


「祈らないだけでしょ」


「違う……私は……」


「怖いのよ」


 言葉が、刺さる。


「届かなかったことがあるから、もうやりたくない」


「違う……!」


「でもそれで誰かが死んでもいいの?」


 息が詰まる。


 言い返せない。


 視線の先、倒れかけている迅。


 その命が、今まさに削られている。


「巫女でいたいなら」


 凛の声が、静かに落ちる。


「祈りなさい」


 その一言で、世界が止まった。


 祈る。


 その言葉が、こんなにも重い。


「……届かないかもしれない」


 小夜は呟く。


「それでもいい」


 それは凛ではなかった。


 柔らかく、深い声。


「祈りとは、結果ではない」


 水月の声が、背後から響く。


「想いを結ぶ行為だ」


 水が、微かに揺れる。


 冷たいはずのそれが、どこか温かい。


「……結ぶ……」


 小夜の手が、震える。


 迅を見る。


 必死に抗っている。


 それでも、諦めていない。


「……私は……」


 胸の奥で、何かがほどけた。


 怖い。


 また失うかもしれない。


 それでも――


「それでも、私は……」


 息を吸う。


 冷たい空気が、肺を満たす。


 けれど今は、それが怖くなかった。


「祈りたい」


 その瞬間。


 小夜の中で、何かが変わった。


 “願う”のではない。


 “繋ぐ”。


 人の想い。

 神の力。

 この場所に積み重なった記憶。


 それらが、一本の流れになる。


 水のように。


 静かに、確かに。


 小夜の足元から、水が広がる。


 光ではない。


 “流れ”。


 優しく、包み込むような。


「……これは……」


 凛が目を見開く。


 白露が、低く笑った。


「ようやくか」


 水は迅へと届く。


 黒い“枯れ”に触れる。


 だが、打ち消すのではない。


 拒絶するのでもない。


 ただ――


 “結び直す”。


 歪んだものを、本来の流れへと戻していく。


 黒が、ほどける。


 崩れるのではなく、消えていく。


「……っ、は……!」


 迅の呼吸が戻る。


 絡みついていたものが、静かに消失する。


「小夜……」


 その声に、小夜は微かに笑った。


 同時に、膝が崩れる。


「っ……」


 体が冷える。


 いつもの感覚。


 けれど――


「……大丈夫」


 自分で、そう言えた。


 前とは違う。


 怖さは消えていない。


 でも、逃げていない。


 それだけで十分だった。


 境界が、再び形を取り戻す。


 今度は以前よりも、しなやかに。


 呼吸するように、外と内を分けている。


「……なるほどね」


 凛が静かに呟く。


「それがあなたの“祈り”」


 小夜は頷いた。


 もう、“空っぽ”ではない。


 満たされたわけでもない。


 ただ――


 繋がっている。


「……悪くないわ」


 凛は背を向ける。


 その声は、わずかに柔らかかった。


 迅がゆっくりと立ち上がる。


 そして、小夜の前に膝をついた。


「助かった」


 短い言葉。


 でも、その重みは十分だった。


「……うん」


 小夜は小さく頷く。


 胸の奥が、静かに温かい。


 祈りは、奇跡じゃない。


 でも――


 確かに、誰かに届く。


 夜風が、優しく社を撫でた。


 水の音が、静かに響いている。


 それはまるで――


 新しい祈りの、始まりの音だった。

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