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追放された巫女ですが、神と妖に愛されて辺境を再生します  作者: KATARIBE


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第11話 剣の誓い

 その日は、妙に静かだった。


 人の気配も、どこか薄い。


 風も、水の音も、わずかに重い。


「……?」


 小夜は、違和感に足を止めた。


 境内の空気が、ほんの少しだけ濁っている。


 最近では感じなくなっていた感覚。


 胸の奥が、わずかに冷える。


(……嫌な感じ)


 思わず、周囲を見渡す。


 白露の姿が見えない。


 そして――


 迅も、いない。


 ここ数日、外の様子を見に出ていると言っていた。


 だから今、この場には小夜ひとり。


 そのときだった。


「……なるほど」


 低く、ねじれた声が響いた。


 振り向いた瞬間、そこに“いた”。


 人の形をしているが、どこか歪んでいる。


 影が濃く、境界に触れても弾かれていない。


「ずいぶんと、良い場所になっている」


 ゆっくりと歩いてくる。


「力も、集まっている」


 その視線が、小夜を射抜いた。


「ならば、奪う価値もある」


 ぞくりと背筋が冷える。


「……ここは」


 小夜は、一歩下がりながら言う。


「あなたの来る場所ではありません」


「そうか?」


 歪んだ笑み。


「守る者もいないのに」


 言葉が、刺さる。


 だが――


(……違う)


 小夜は、ぎゅっと手を握った。


 以前の自分なら、そこで止まっていた。


 けれど今は。


「……守ります」


 はっきりと、言う。


「ここは、みんなの場所です」


 水が、足元で揺れる。


 流れが応じる。


「ほう」


 妖が興味深そうに目を細める。


「巫女が、か」


 次の瞬間、空気が歪んだ。


 圧がかかる。


 重い、黒い気配。


「……っ」


 小夜は一歩踏みとどまる。


 怖い。


 身体が震える。


 それでも――


 手を、前に出す。


「……流れて」


 水を呼ぶ。


 地の下から、流れを引き上げる。


 境内に巡らせる。


 整える。


 守る。


 透明な水の層が、空間を包む。


 歪んだ気配を、押し返す。


「……ほう」


 妖の表情が変わる。


「ただの器ではない、か」


 だが――


 次の一撃は、重かった。


 水の膜が、軋む。


「っ……!」


 耐える。


 整える。


 流れを維持する。


 けれど――


 力が、削られていく。


(まだ……足りない)


 呼吸が乱れる。


 視界が揺れる。


 冷えが、戻りかける。


「無理をするな」


 妖が、ゆっくりと近づく。


「その力、いずれ枯れる」


 手が、伸びる。


 届く距離。


 逃げられない。


(……守れない)


 その瞬間――


 風が裂けた。


 鋭い音。


 次の瞬間、妖の腕が弾かれていた。


「――遅い」


 低く、冷たい声。


 小夜の前に、ひとつの影が立つ。


「……迅さん」


 かすれた声で、名前を呼ぶ。


 振り返らず、ただ短く返す。


「下がっていろ」


 それだけで、空気が変わる。


 張り詰める。


 研ぎ澄まされる。


 妖が、わずかに距離を取る。


「……なるほど」


「ようやく来たか」


「境界の番人」


 迅は答えない。


 ただ、構える。


「ここに手を出したな」


 静かな声。


 だが、怒りが滲んでいる。


 次の瞬間、姿が消えた。


 一閃。


 空気ごと切り裂く速さ。


 妖が咄嗟に防ぐが――遅い。


 斬撃が、深く入る。


「っ……!」


 歪んだ身体が崩れる。


 さらに一歩。


 間合いに入り、迷いなく振り下ろす。


「消えろ」


 短い言葉とともに、決着がついた。


 黒い気配が、霧のように散っていく。


 静寂が戻る。


 だがそれは、さっきまでの静けさとは違う。


 守られたあとの、静けさだった。


 迅はゆっくりと振り返る。


 その視線が、小夜を捉える。


「……無事か」


 小夜は、一歩踏み出す。


 足が、少し震える。


 けれど――


「はい……なんとか」


 そう言った瞬間、力が抜けた。


 ふらりと揺れる。


 その身体を、強く支えられる。


「……っ」


 腕が、引き寄せる。


 思ったより近い距離。


「無茶をするな」


 低い声が、すぐ近くで落ちる。


「……すみません」


「謝るな」


 間髪入れずに返る。


 その声は、少しだけ荒い。


「俺がいなかった」


 その言葉に、小夜は目を見開く。


 迅は、わずかに視線を逸らした。


「離れた判断は、間違いだった」


「……そんな」


「違わない」


 きっぱりと断言する。


 そして、もう一度小夜を見る。


 その目は、はっきりと決まっていた。


「ここは守られる場所じゃない」


「守る場所だ」


 言葉が、静かに落ちる。


「その中心に、お前がいる」


 小夜の心臓が、強く鳴る。


「……はい」


 小さく、答える。


 迅は一瞬だけ目を細める。


 そして――


 手を離さずに、言った。


「だから」


 わずかな間。


「俺が、お前の剣になる」


 空気が、止まる。


「離れない」


「常に、そばにいる」


 それは誓いだった。


 命令でも、役目でもない。


 自分の意思で選んだ言葉。


 小夜は、息を呑む。


 胸の奥が、熱くなる。


「……それは」


 言葉が、少し揺れる。


「守るため、ですか」


 問いかける。


 けれど――


 本当は、少し違う答えを期待している。


 迅は、わずかに沈黙した。


 そして。


「……それもある」


 完全には否定しない。


 だが、それだけではない響き。


 視線が、少しだけ柔らぐ。


「お前が倒れるのは、困る」


 遠回しで、不器用な言葉。


 けれど――


 確かに、そこに想いがある。


 小夜は、ゆっくりと微笑んだ。


「……はい」


 その笑顔は、以前よりもずっと自然で。


 そして、どこか嬉しそうだった。


 その日から。


 迅は、水守の社を離れなくなった。


 剣として。


 そして――


 それ以上の何かとして。


 水守の社は、守られながら、さらに広がっていく。

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