間話「前兆の悪夢」
ルークは真っ白な世界に一人佇んでいた。
そこには風もなく、匂いもない。
"虚無"だけが、果てしなく広がる空間に響き渡っていた。
少しすると、ルークは背中に優しい熱を感じる事に気がついた。
恐る恐る後ろを見てみると、
そこには、全身を紅蓮色の炎で包み、碧色に輝く瞳で
じっとルークを見つめている大きな孔雀のような鳥、"不死鳥"が静かに立っていた。
「フェ、フェニックス……」
ルークは呆気にとられ、思わず声を漏らした。
するとフェニックスは、まるでルークの声に反応するかのように、静かに、しかしはっきりと頷いた。
次の瞬間、フェニックスは
ルークに何かを伝えようと大きく翼を広げ、高らかに咆哮した。
耳を劈くような轟音は、真っ白な世界の果てしなく続く先まで響き渡っていった。
しかし、鼓膜が破れるほどの声は、ルークにはむしろ懐かしさを覚える心地の良い音に聞こえた。
「――懐か、しい……?」
自然に溢れたルークの言葉を聞き、
フェニックスは涙を零した。
静かに滴る一滴の涙は、
ルークの目の前に溢れ落ちる。
それを見たルークは「これは?」とフェニックスを見上げ、フェニックスの目から降ってきたものだと気がついた。
「――どうして……泣いているの?」
ルークの質問に当然答えは返ってこない。
それでもルークは、自分の言葉に反応したフェニックスに対し、まだ何か反応が帰ってくる事があるのではと、たたみかけるように続ける。
「君は何故ここにいるの?」
「家族は?」
「何故一人なの?」
しかしどの質問にも、やはり答えはない。
フェニックスは目を潤ませながら静かにただ立ち尽くしているだけだった。
ルークは一息置き、最後に一つ質問をした。
「――君は、僕を知っているの?」
その時だった。
突然フェニックスは再び咆哮し、炎で揺らぐ大きな翼を羽ばたかせて、空の彼方へと飛び去っていった。
それと同時に、まるでフェニックスの飛んでいく軌跡を追いかけるように真っ白だったはずの世界の景色が、
深紅と黒ずんだ赤が混ざり合う炎が燃え尽くす景色へと変貌していった。
人々は苦しみ、悶え、助けを求める。
血と煙の混じった匂いが、体中を駆け巡るように流れてくる。
ルークは、鼻を覆いながら、目を見開いた。
煙を吸い込んだ咳による息苦しさと、鼻の奥を突き刺すような異様な匂いに、ルークの意識は朦朧としてきていた。
辺り一面に広がる炎と血の海。
空は煙に包まれ、闇に閉ざされている
そんな地獄のような景色の中央。
ルークの目に、一つの人影が映る。
その影は、ゆっくりと振り向き、ルークをじっと見つめる。
その瞳を見た途端、ルークの頭を激しい頭痛が襲いかかる。
「がっ……あぁぁぁ……」
ハンマーで何度も叩かれながら、
高音波を同時に浴びせられているかのような頭を割る痛みに悶絶しながらも、
何とかギリギリ残っている意識で人影の姿を見つめ続ける。
目を背けたい。頭が痛くてたまらない。
そのはずなのに、ルークは不思議とその人影から目をそらすことができなかった。
2人の間に言葉はなく、まるで何かを訴えるように燃え盛る炎の音と、胸に強く打ち付ける血と煙の匂いだけが、その場を支配していた。
次第に頭痛の度合いも強くなっていき、
ルークの意識は徐々に薄れていく。
そんなルークの様子を見届けたかのように、
人影は、振り返り炎の中へとゆっくり消えていく。
消えかけた意識の中、
ルークは無意識に手を伸ばしていた。
「待……て……」
空気が口から抜けたような弱々しい声は、
炎にかき消される。
そして、ルークの意識はそこで途絶えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――ルークはハッと上半身を起こす。
止まらずたれ続ける汗を拭い、荒くなった呼吸を整えながら、ゆっくりと辺りを見渡した。
見覚えのある間取り、
見覚えのある天井。
見覚えのある景色が、周りに広がっていたことに安堵する。
ルークは今朝の夢を引きずりながら一階のリビングに降りていき、違和感に気づく。
「トゥナヤ叔母さん?」
ルークは扉を強く開き外へ出ると、村の人々が、同じ方向を見てヒソヒソと話していた。
ルークは息を荒げながら、必死にトゥナヤを探した。
彼自身にも、自分がここまで焦っていることに疑問を抱いていたが、
とにかく、彼女の姿を探し回った。
しばらくすると、村人たちの集まりのなかにトゥナヤの姿を見つけた。
ルークはホっと胸を撫で下ろし、彼女の元へとかけていった。
「トゥナヤ叔母さん!」
「あらルーク!おはよう!」
いつも通りに返ってくるこの言葉に、
ルークは思わず泣きそうになる。
零れそうな涙を堪え、「おはよう」と返すと、彼は皆が見る方に視線を合わせた。
「彼女達、今日の朝からずっといるのよ」
「何を言ってるのかも分からないから気味が悪くてね……」
ルークは外套を身に纏った怪し気な女性の集団を見つめ、トゥナヤに質問した。
「彼女達、何者なの?」
「さぁ……」
「何かあったら危ないからって村長さんに言われたんだけど、何だか気になって、今日村の皆と見に来てたんだよ」
外套の女達は、お祭りの行列のようにゆっくりと前進している。
小さな声で何か口にしているが、
小さすぎてうまく聞き取れなかった。
「トゥナヤ叔母さん、もう帰ろう」
「ほっといたら、そのうち居なくなるよ」
「そうかい?」
「まぁ、ルークがそう言うなら帰るかね」
ルークはトゥナヤの手を取り家に帰っていく。
外套に身を隠す彼女達を見てずっと残る、
胸のざわめきを自覚せずに……。




