第1話「今、此処に在るモノ」3
静けさの漂う夜の城下街。
昼間の賑わいがまるで嘘だったかのように沈黙に包まれていた。
――月明かりに照らされる広間。その遥か上空で禍々しく脈動する黒い星が、ドクンッという振動と共に寝静まる街を横目に、生命を感じさせるような不気味さを放ちながら静かに現れる。
中から、この世の者とは思えないうめき声をあげながら、骨格の浮き出た肉塊のような腕が伸ばされる。
まるで卵からかえる雛のように、ゆっくりとぎこちなく、骨を軋ませながら這い出てくるその姿は、生きた屍のような見た目をしていた。
ドチャッという音とともに地面に垂直落下した黒い影は、何事もなかったかのように静かに起き上がり、
落下の衝撃で変形した体の部位を修復しながら、目的もないまま、不確かな足取りで街を徘徊する。
そのまま霧が立ち込める、居住区裏手へと姿を消した。
――同刻。
フェリシアは父王アレンの招集に応じ王宮の間に来ていた。
王座に座るアレンは難しい表情を浮かべながら、ゆっくり口を開いた。
「フェリシア、 現在、我が国がどのような立場に置かれているか、存じているな?」
「はい」
フェリシアは冷静に応答する。
――栄光の国〈アルステラ王国〉
ルクスカリア大陸の北東に位置し、西と南は隣国、その他の方角は海で面している。
資源や立地に恵まれ、火のアルカノゥス【フェニックス】に護られながら、長い間栄光と繁栄を保っていた。
しかし、近年世界的に問題となっている災害、"地盤崩壊"の影響を大きく受けており、ここ数年で国の6分の1が奈落の底へと沈んでいた。
アレンは表情を変えずに語る。
「地盤崩壊の影響により、すでにここ首都〈アーキディウム〉、特に居住区は、わが国の抱える人口の半数近くの住人や移民であふれている」
「いつ暴動が起きてもおかしくない状態だ」
アレンは続ける
「加え、最近では南に位置する隣国〈マレドーン王国〉で不穏な動きがあると言う情報も入ってきている」
「長く続いた"冷戦"の静寂もいつまで持つかわからんのだ」
フェリシアは神妙な面持ちで問いかける
「父様、今回の遠征はやはり……」
「あぁ」
フェリシアは自分の胸に手を当て俯く。
そのまま黙り込んでしまう。
覚悟はしていたはずだった。
今回の"父自らが出る遠征"という段階で、
何か良からぬことが、
戦火の前触れなのではということは、
これまで冷戦の時代を生き、戦ごとに疎いフェリシアであっても分かっていた。
アレンは王座から立ち上がり、静かにフェリシアに近づく。
「隣国での不穏な動きを感じているのは、何も我が国だけではない」
「同盟国の〈リヴァンシア王国〉にも似たような報告が寄せられ、世界は今、再び混迷の時期に入ろうとしている」
「それに、お前にもアナスタシアにも『継承の儀』で、フェニックスは応えなかった…」
「〈未顕現世代〉の私が国王の座を引き受けて早20年。
先代が10年前に病気で先立ち、国の象徴である守護霊契約者が不在となり、国民を導く存在が不在。
これが何を意味するのか、わかるな?」
フェリシアは俯いたまま、何も答えることができなかった。
「お主が戦争を嫌がる気持ちも、私にはわかる。 私もできる事なら人を殺めることは避けたい」
アレンはフェリシアの方にそっと手を置く。
「だがな、マレドーン王国にとっても、ほかの国にとっても、この国は格好の的であるのが現状だ。 どれだけ拒もうと、いずれその時は訪れる」
その言葉は、フェリシアの胸の奥でゆっくりと沈み、重く響いた。
「よいか?フェリシア。 すぐにとは言わん。 だが、お前が戦場に立つ日は必ず訪れる。 お主の身に宿ったその"力"使う時もな……」
「その覚悟だけは、しておきなさい」
そう言い終えるとアレンは王宮の間から、側近のカーネスとともに出ていった。
「この"力"を使う……」
フェリシアは震える手をぎゅっと握りしめ、静かに立ち上がり自室へと帰っていった。
自室に帰る途中、窓の外を眺めるアナスタシアの姿が見えた。
フェリシアはふっと微笑み、声をかけた。
「もう、寝てないとだめでしょ?」
アナスタシアはフェリシアの声に肩をピクリと動かし、そっと顔を向ける。
「だって……」
アナスタシアは昔から姉のこととなると、極度に心配する癖があった。
それは姉のことが頼りないからではなく、大好きだからこそというのは、フェリシアも知っていた。
だからこそ、フェリシアは妹の前では強い姉であろうとしていた。
「私は大丈夫だよ!お姉ちゃん、元気!元気!」
「でも!」
アナスタシアは食い気味に反応する。
「私……姉様が……」
「大丈夫だよ。アナスタシア。」
「あなたは私が守るから……。絶対に……」
フェリシアはそう言ってアナスタシアを抱きしめる。
アナスタシアもそれに反応するように、フェリシアの腰に手をまわす。
「明日になれば、きっと大丈夫だから……」
「ね?」
アナスタシアはフェリシアの胸に顔を埋めてコクリと頷く。
星明りの照らす渡り廊下、2人はそれぞれの部屋へと帰っていく。
――"また、明日ね"。
そう心で唱えながら自室に戻るアナスタシアを見送ると、
フェリシアも扉を開けゆっくりと自室に戻っていった。
〈用語集②〉
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【守護霊契約者】
アルカノゥスと契約し、その力を自在に操ることができる者のことであり、王位継承者の証とされる。
7歳の際、〈継承の儀〉を行い、「体の一部に各国の象徴であるアルカノゥスの紋様が浮かび上がる」かどうかで、その資格の有無が定められる。
【継承の儀】
王族が7歳の頃に行う"世界共通儀礼"
王位継承者を定める大事な儀式とされている。
この儀式を行うことによって、選ばれた者はアルカノゥスの力に顕現するとされる。
【未顕現世代】
守護霊契約者は、ある特定の各国共通の周期で現れ、
その周期外の王族、守護霊契約者までの繋ぎとなる王たちを総称するもの。
彼らの治める時代は、比較的短く
継承の儀で、守護霊契約者が誕生した後は、摂政として支える者となるという一連の流れがある。




