第2話「再来」1
第一部〈運命の啓示〉
――時は、ルークが再びシーナ村を発つ少し前。
アレンは自分のベッドから出て、奥の一室に入り、
1人考え込んでいた。
(何かがおかしい……。 こうも簡単に奴らを退けられるものか……?)
(ならばなぜ、あのロザリオの軍までもが敗れることになった……? 本当にあの怪物たちの仕業か……?)
(それに、マレドーンの動きも全く見えなくなった)
(いったい何を待っている……? 必ず何かがあるはずだ。 これで終わりなわけがない)
その時、アレンの頭にルークの言葉が蘇る。
『――この世界に、もしかしてですけど、もう一体フェニックスがいたりしますか?』
(――もう1体の、フェニックス……。 ルークはなぜあんな質問を……?)
(やはり、もう一度会って話すしかないな)
机に両肘を突き、
手の甲に顎を乗せながら眉間にシワを寄せ、厳しい顔で黙々と考え込んでいると、
ドアのノックする音が聞こえる。
「入れ」
アレンは、ドアをノックする主に姿勢を変えずに応えると、
ドアは多少の軋む音を鳴らしながらゆっくりと開かれ、そこには飲み物を運んできたカーネスが立っていた。
「お飲み物をお持ちいたしました」
カーネスは「本日は陛下のお好きな銘柄になっております」と言いながら紅茶の入ったマグカップをアレンの机に置くと「では」と深々と頭を下げると、
部屋をあとにしようとする。
そこをアレンは呼び止める。
「お主はどう思う、カーネス」
カーネスは「はて?」とキョトンとした表情を見せる。
アレンは気にすることなく続ける。
「今のこの状況だ。 正直言ってあまりにも不気味だと思わんか?」
それを聞いた瞬間、カーネスの表情が険しいものへと瞬時に変わる。
不気味なほどに何の音沙汰もない現状に、思う所があるらしい。
「特にマレドーン王国だな。 アンデレーゼを陥落させた後の動きがピタリと消えた」
「そのことなのですが――」
カーネスはこの題に、食い気味に反応する。
「先日、極秘でアンデレーゼの状況を探らせていた者からの報告がありまして」
「現在、アンデレーゼの要塞にはマレドーン王国の旗こそ立っているものの、マレドーン王国の兵士を1人も見なかったそうでございます」
「――どういうことだ?」
「私めには何も……。 ただ、この怪物の襲撃とマレドーン王国の我が領土への侵攻が同日に同時刻で発生したのは、とても偶然には思えませぬ」
アレンは、しかめていた顔をさらに険しいものへと変えていく。
「つまり――」
「マレドーン王国の侵攻と怪物の襲撃には、何かしらの関連性がある、と?」
「さようかと……」
アレンは険しい表情を残したまま、何を言うまいか迷っていると、
カーネスは淡々ときり出す。
「此度の襲撃は、まだ始まりに過ぎないものなのかも、しれませぬ……」
アレンはゆっくりと背もたれに背中を預け、
カーネスの立つ方を見つめる。
握る拳の力は自然と強くなり、先の不明瞭さに不安をあらわにしていた。
次の瞬間、遠くから鐘の音が微かに届く。
その音と同じタイミングで、
慌ただしい物音とともに、1人の兵士が商業区とシェルターとを繋ぐ入り口から入ってきた。
顔は青ざめ、息は過呼吸気味になりながらも「緊急通達!」の声を裏返らせながら叫ぶ。
「何事か!!」
兵士は荒い呼吸を少し整えると、
姿勢を正し直し、テキパキと告げる。
「外部警備隊より通達! 上空より無数の黒い影の群れが接近中! 数はおよそ百以上! 正確な数字は、現在測定不能とのことです!!」
兵士からの報告を受け、
アレンは鬼の形相で報告しに来た兵士の下へ荒々しく近づき、胸ぐらを勢いよくつかんだ。
「なぜそれほどの数が、そこまで近づくまで気が付かなかったんだ!!」
兵士は、アレンの荒々しい声と表情に帯びながらも反応する。
「と、突然、何もないところから出現したように、急に現れたようで……!」
「警報の鐘を鳴らす頃には、もう目前まで迫っていたようです……」
アレンは兵士の胸ぐらから手を離すと、
額に汗を浮かばせながらカーネスに指示を出す。
「商業区に繋がるシェルターの入り口を塞げ! 絶対に侵入を許してはならんぞ!」
「おい!お主!」
兵士は、アレンと目が合い、声を裏返らせながら「ハッ!」と返事をする。
「我が国に残っている戦える者たちをかき集めろ! 子供と女、お年寄りはこのままシェルターにて待機。 城からシェルターにつながる入口には、戦闘慣れしていない男どもを使ってでも兵を配置させるんだ!よいな!」
兵士は敬礼すると、慌てるようにその場を後にする。
アレンは椅子にかけていた上着を身にまとうと、
扉付近の棚の近くに立てかけてあった愛用の剣を手にとり部屋を出ていく。
カーネスもそれに続くように部屋を後にする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
外から微かに響く警報を知らせる鐘の音と、兵士たちの誘導する声、
バタバタと慌ただしい空気に人々は不安を感じていた。
そんな中、マリアーノは人々がパニックを起こさないよう、不安に震える人々に声をかけて回っていた。
フェリシアは医療の間から無言でその様子を伺っていた。
袖を強く掴まれる感覚を覚え、そちらに目を向けると、
隣りにいるアナスタシアがフェリシアの袖をギュッと強く握り、身を寄せていた。
そんなアナスタシアの様子を優しく撫でてあげていると、
アレンとカーネスが医療の間に入ってきた。
アレンとフェリシアは数秒間無言で見つめ合い、目だけでの会話をする。
そして、フェリシアはアレンの言わんとすることを汲み取ると、深く頷き、アナスタシアに向き直る。
アレンはカーネスに目で合図を送り、そのまま医療の間を後にした。
立ち去るアレンのその顔に浮かび上がるのは、
おそらく、自責の念であるのだろう。
険しい顔は、どこか悲しそうな表情にも見えた。
フェリシアは、アナスタシアに告げる。
「アナスタシア。 私ね――」
そう言いかけたときだった。
アナスタシアはフェリシアの方へ顔を向け、フェリシアの目をまっすぐに見つめながら口を開いた。
「わかってる。 姉様ならそう言うと思ってたから」
その目は、以前の輝きを取り戻しており、
不安や恐怖の中に彼女なりの決意が見えた。
「――だから、これだけは約束して。 必ず帰ってきて。 私のところに」
フェリシアは、アナスタシアの手を強く握りながら応える。
「えぇ。必ず帰ってくるわ」
「母様や皆のこと、お願いね」
アナスタシアが静かに頷くのを確認すると、
カーネスにアナスタシアのことを頼み、アレンの後を追いかけるように医療の間を後にした。
アナスタシアは、フェリシアの去っていく姿を見送りながら、震える手を必死に押さえようとしていた。
そんなアナスタシアの肩にカーネスは優しく手を添え、優しく頷いた。




