第1話「"約束"」1
(――ここは……)
(なんだか温かい……。 それに、少し、安心する気がする……)
ルークの身体は、真っ暗な水の底にゆっくりと沈んでいく。
辺り一面には、無数の胞子のようなものが、ルークとは反するように浮上していく。
不思議な空間。
沈んでいるはずなのに、暗いはずなのに、ルークの心には不思議と恐怖という感情は無かった。
ルークは、されるがまま、流れるがままに体を預ける。
1つの光る胞子がルークの手に触れた瞬間、
見たことのない映像が頭のなかに流れ込んでくる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『――ようやくここまで来た。』
顔には影がかかり、よく見えなかった。
顔の見えない少年は、そのまま誰かに言葉を残していた。
『――僕がいなくなった後のことは、君に任せるよ』
僅かにわかる彼の口元は、
少し悲しげな表情を見ける。
『――約束の日。 その日が訪れるまで、しばらくのお別れだ』
少年だけが映され続けていた映像はそこで途切れた。
再び暗闇だけが残り、意識が戻るその僅かな瞬間に、1つの声が響き渡る。
――約束だ。 いつかきっと会いに来てくれ。
この場所で、待っているよ……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ルークはゆっくりと目を覚ます。
見慣れた天井に、見慣れた風景。
ベッドに横たわるルークの傍の窓からは、木漏れ日が差し込み、小鳥たちの優雅な音色が遠くから響き渡る。
数日前までの事がまるで嘘かのように、
不気味なほどの日常にルークは戻ってきていた。
体を起こし、ベランダから外を眺めると、
子ども達が笑い声をあげながら駆け回り、大人達はその様子を眺めながら会話を楽しんでいた。
ルークは、1階に降りていき、リビングの椅子に腰を掛けると、トゥナヤも同じタイミングで入ってきた。
「おはよう。トゥナヤ叔母さん」
「おはよう。ルーク」
以前まで当たり前だった言葉をまた交わせていることに満足そうにトゥナヤは微笑んだ。
2人揃って、朝食をとり終えると、ルークは畑の様子を確認するために、外へ出る。
空を見上げながら深く深呼吸する。
肺に入ってくる空気は、自然から流れる新鮮な香りと味わいを感じさせる。
「これだよこれ! やっぱり外の空気はおいしいなぁ〜!」
限界まで伸びをすると、一気に脱力し自分の右手に目を向ける。
(夢だったり……しないよね……)
ルークは以前のように、手に力を込める。
すると、当然の様に顔出すかの様に炎は燃え上がる。
嬉しいような、夢じゃなくて少し残念なような複雑な感情が炎とともにルークの体を温める。
ルークは拳を握り炎を沈下すると、誰も見ていないかをキョロキョロと確認すると、少し離れた場所へと小走りで向かう。
完全に人気のない場所までたどり着くと、
感覚や、精神を両腕に注ぎ始める。
深呼吸し呼吸を整えると、
体の前に構えた両腕から火柱を出し、一気に剣の形を象っていく。
生成した剣の姿形は、完全に夢ではなかったと証明するほどに立派な完成度を見せた。
「ふぅ……。 やっぱり、多少疲れるし、腕への痛みは出るな……。」
「またあんな事が起こらないとも限らないし、体、鍛えとこうかな……」
独り言を呟くと、剣に視線を戻し、黙り込む。
突然、何かを決心したかのように剣を強く握ると、息を大きく吸いながら、剣をおもいきり振り上げる。
握る手に全身全霊の力を込め吸い込んだ息を勢いよく吐くのと同時に、勢いよく近くの木へと振り下ろす。
すると切られた木は、切断面を見せながら静かに倒れていく。
斬った断面は綺麗な一直線になっており、歪み1つなかった。
「斬れ味は申し分ない。申し分ないけど……」
ルークは手に握る剣を見る。
刃先は欠け、平らの部分には無数のヒビが入っていた。
まだうっすらとではあったが、
一振りでのこの結果にルークは頭を悩ませる。
「力の入れ具合を間違えると、一瞬でおじゃんだな」
「力の調整、気をつけなきゃ」
ルークは、今持っている剣を投げ捨てると、
その剣は炎となり燃えながら塵となり消えていく。
そして、片手での生成を試す。
さっきと同様に、今度は右手だけに炎が血管を巡り掌全体に広がっていく感覚、炎を流し込む様に精神を集中させる。
少しすると、ゆっくりとプツリプツリと途切れながら、掌から火柱が立ち上り、剣を生成することに成功する。
途端に足から力が抜けていき、
前かがみに倒れ込みそうになるところをなんとかギリギリ剣で支える。
「結構疲れるな……片手……」
ルークは剣を地面に突き刺し、杖のように体重をかけながら言葉をこぼす。
「片手のほうが今のところ要領悪そうだね。 これは、要練習、と……」
姿勢を戻すと、木々の間から差し込む木漏れ日に剣をかざしてみせる。
銀色の刃は、美しい輝きを見せ、鍔の先と柄頭には、赤く輝く宝石のような装飾が施されている。
全体的に王道な作りながらも、
赤い宝石の装飾により、フェニックスを思わせる。
まさしく炎の大剣と呼ぶにふさわしい見た目だ。
「それにしても、立派な剣だよな……」
「しがない農家の僕でも持てるほどのほどよい重量感に、長すぎない刀身。 見た目はすごく重そうなのに……。 流石は効率にこだわるアレン王が愛用するだけはあるな」
「あと――」
ルークは剣を下ろし、自然に力を抜く。
すると、先ほど同様に、剣は炎に包まれ塵となり消えていった。
「消すのは得意なんだよな……。 さっきも無意識だったし……」
ボソッと言葉をこぼすと、ルークは空を見上げる。
ふぅと一息つくと、ルークは伸びをし、村の方へと戻っていく。
残された木々たちは、さっきよりも大げさ目に風に揺れる。
これから起こることへの警告のように……。




