第4話「訪れた静寂」2
怪物たちが姿を消し、
アルステラ王国に静寂が訪れてから早2日が経過した。
燃える炎は静けさを見せる。
ほとんどの建物が半壊、全壊しており、
かつての賑わいは見る影もなく、残っているものは鼻を刺激する燃え残る煙の香りと、
屍の焦げた香りだけだった。
瓦礫や多少の死体の処理は進んでいるものの、
生き残った兵士の数の少なさが影響し、
街の復興の目処など果ての果て、
そんな旧商業区にルークは一人立っていた。
ルークは静かに目を閉じる。
目の前に広がるのは賑やかな街並み、
たくさんの人達が誰かと会話し、喧嘩し、子ども達は追いかけっこし、犬の鳴き声が響き渡る、あの日常の日々。
目を開けると、もう一つもその姿を見せない。
ルークの心は酷く痛んでいた。
暫くすると、フェリシアが覗き込むように抜け穴から声をかける。
「ルーク。 こんな所にいたのね」
そう言いながらルークの隣に並ぶ。
「ごめん。 ちょっと落ち着かなくて……。」
ルークは正面を向いたまま視線を変えることなく応える。
「今は、生き延びたことを喜びましょう」
「避難できた人達を守るのが、これからの私達のやるべきことよ」
フェリシアはルークの手を握る。
優しくて、温かい、
それでいて自分よりも小柄な手。
ルークは、フェリシアの手を包み込むように握り返す。
「そうだね……」
空は久しぶりの青空を見せ、
負の感情や、嫌な匂い、思い出を風と共に外へと運んでいく。
暫く同じ方向を見つめていると、
ルークはフェリシアの方を向き「そういえば、どうしてここに?」と切り出した。
フェリシアは、「あっ!」と思い出すと、
少し早口で告げる。
「忘れてた! 父様が下で呼んでるの! 少し話がしたいって!」
ルークは、最後に目に焼き付けるように目の前の景色に視点を戻すと、
頷きながら、再びフェリシアの方へ顔を向ける。
「わかった。 じゃあ戻ろっか!」
そう言うと繋がれた手を自然に離しながら、
下へと続く階段を降りていく。
フェリシアは少し名残惜しそうに、さっきまでルークと繋いでいた手を見ると、
急ぎ足でルークの後を追いかける。
「あんな所に、避難するための入り口があったんだね。 だいぶ商業区には足を運んでたけど、まったく気づかなかったよ。」
「それはそうよ! いざというときが来るまでしっかりと隠してたんだから」
「見つけられたらたまったものじゃないわ!」
そんな何気ない会話をしながら2人は、地下シェルターへ戻り、アレンが待つ医療の間へと足を運んだ。
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ルークとフェリシアが医療の間に到着すると、
そこには、目を覚まし母親にベッタリとくっついているアナスタシアとアナスタシアを優しく撫でながら、笑顔で2人を迎え入れるマリアーノ。
ベッドから上半身だけを起こして紅茶をすするアレンと、その看病をするカーネスがいた。
フェリシアはルークに向かって小さく手を振り「また後でね」と呟くとアナスタシアの元へ小走りで向かい、マリアーノとは反対のアナスタシアの隣に腰を下ろし、暗く目から光が消えてしまっているアナスタシアの手を握る。
アレンの看病の途中、ルークに気が付いたカーネスは
作業を一旦やめて、アレンに頭を下げると、ゆっくりと気品のある歩き方でルークの目の前に歩み寄る。
「お待ちしておりました。 ルーク殿」
「ささ、 どうぞこちらへ」
ルークはカーネスに誘われるがままに医療の間へと入り、アレンの前に移動する。
カーネスがお辞儀をし、傍を離れたことを横目に確認すると、ルークは膝を突き、頭を垂れる為に姿勢を変えようとすると、アレンから片手で制止された。
一言も発さず、ただ沈黙だけが流れるこの空気に耐えられず、
ルークはキョロキョロと周囲を落ち着きなく見渡し始める。
ちょうど後ろを振り返るカタチになった時、フェリシアとマリアーノ、アナスタシアの3人が目に入る。
特に目に止まったのは、アナスタシアの表情だった。
幼い顔付きに気品さを隠した顔こそ保てているが、
以前までの元気のあった表情は消え去り、
暗く落ち込んだ目から光は完全に消え失せていた。
いつもは結ばれている髪の毛を下ろしたその姿は、
アナスタシアの暗さをさらに著しく表していた。
ルークは気まずくなり少し俯くと、
その隣で優しく手を握り、もう片方の手で肩をさすっていたフェリシアと目が合った。
フェリシアはニコっと微笑むと、前を向くように促した。
暫く沈黙を保っていたアレンは、咳払いをして見せると、
緩やかに口を開く。
「待たせたな。 ルークよ」
一つ一つ丁寧に、圧のある声で告げられるアレンの言葉には、
2日前、共に戦っていた時に聞いていたラフさは無く、
アレンがこの国の王であることを再認識させる程の威厳に満ち溢れていた。
ルークの体は条件反射の様に膠着してしまう。
「まずは、お主の先の戦い、見事であった。 力を授かってから間もなくにしては、良い動きをしておったぞ」
ルークは深々と頭を下げ「ありがとうございます!」ときっちりとした返事を返す。
「さて、唐突で悪いが、お主をここに呼んだのは他でもない。 その"力"についての話だ」
ルークはこれから告げられる事への不安のアレンから向けられる殺気めいた鋭い目つきに耐えかねて、
ゴクリと唾を飲み込む。
アレンの次の言葉までの静寂があまりにも長く感じられる程に、重く堅苦しい空気が流れる。
その空気を割るかのように、後ろからフェリシアの声が飛んでくる。
「父様、ルークを変に強張らせてどうするの! 自然体で話そうってさっき話し合ったじゃない!」
「ルークの身にフェニックスが宿ったことについては、私もアナスタシアももう気にしてないし、とやかく言うつもりもないって」
フェリシアに続くようにマリアーノもアナスタシアの頭を撫でることを辞めずに、優しい口調で告げる。
「一番怖いのはルークのはずですよ。陛下」
「私達は、彼を巻き込んでしまった。 その責任を負わなければなりません」
「どうか優しく接してあげてください」
2人の言葉に、まだあまり納得のいってない様子を見せるアレンだったが、
自分も先の戦いで流すような形ではあれ認めてしまっていることを思い出し、深くため息をつくと、ルークの目をしっかりと見つめた。
「そうだな」
そういうと、さっき迄の殺気めいた鋭い目つきとは打って変わり、優しい父親のような表情を見せる。
「すまなかった」
「だがこの国の為と思うとな、どうしても簡単には受け入れられんのだよ」
アレンの言葉には責任やら罪悪感やら沢山の感情が詰まり、どんどん弱々しくなっていく。
表情も心なしか、少し暗くなってしまっているように感じられる。
再び沈黙が広がる中、カーネスが急かすように本題をきり出す。
「陛下、そろそろ本題に入られては? もうルーク殿をかなりの時間立ったままにさせてしまっているので」
カーネスの言葉を聞き、アレンは慌てたように「そうであったな」と零すと、ルークに楽にするよう告げ、早速本題を切り出した。
「ルーク。 お主にはフェニックスの守護霊契約者となった以上、知っておかねばならないことがある」
「我々エヴァンシール家に伝わるフェニックスの伝承、そしてその力が何たるモノなのか。 私が知る全てをお主に伝えよう」
ルークは、アレンの優しくも、真剣な眼差しから目が離せなかった。
アレンの口から告げられるフェニックスに関する真実。
地上から溢れる光は雲で陰り、
頬を撫でる隙間風は、ルークの体をなぞるように流れる。
それはまるで、
――運命の歯車が、静かに動き出した事をそっと告げるように。




