第3話「導きの不死鳥」5
かなりの距離を走ったフェリシアは、
ふと後ろを振り返る。
先程までいたはずのシェルターは、光さえ顔を見せないほどの距離になっていた。
あがる息を少し整え、城内へと続く道を再び走る。
走って、走って。
城内との距離が次第に近くなるにつれ、耳鳴りのようにつんざき、胸に届くような振動が徐々に強くなっていくのを感じた。
(なんなんだろう……この感覚)
(こんなこと、今までなかったのに……)
不安や疑問は大きくなるばかり。
しかしフェリシアは、その疑問に向き合うよりも先に、アレンの無事を確認するために走る足を止めることはなかった。
かなりの距離を走った所で、
城内から溢れる光を目で確認できた。
もう直ぐ薄気味悪い空間を抜ける、という感覚と同時に、
あの時のおぞましい光景が目に浮かぶ。
恐らくそこには、カイルスの死体がまだ残っているだろう。
表情を確認できるくらいにはしっかりと。
だからこそ、素通りするのではなく向き合うのだと心に決めたフェリシアは、
光の差す方へと、少し走る足を速めながら進んでいく。
無事城内への入り口に辿り着いたフェリシアは、
物陰からこっそりと中の様子を窺う。
キョロキョロと辺りを見渡し、大丈夫と判断すると、
足の音を立てないように、ゆっくりと城内へ入っていく。
辺りを見渡しながら歩いていると、
足にピチャンと液体を踏むような感覚が走る。
血を踏んだと確信するのはそう難儀なことではなかった。
蘇る走馬灯を振り払いながら、液体が広がる原因へと目を向ける。
そこには、カイルスの死体が、あの時の格好のまま俯きながら壁に横たわっていた。
フェリシアはゆっくりと、
確かな足取りで近づき、正面で膝をつく。
「ありがとう、カイルス」
「この命、決して無駄にはしないよ」
深々と頭を下げると、これまでの思い出を噛みしめるようにカイルスを見つめながら、立ち上がり、
アレンの安否の確認のためその場を去っていく。
ここでようやく、フェリシアはカイルスとちゃんとお別れができた、
そう感じ、幾分か気が楽になっていた。
周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩みを進めると、
城内をただただ徘徊するだけの怪物と遭遇する。
怪物はおもむろにフェリシアに軌道を変え、不気味な足取りで、ゆっくりと歩み寄ってくる。
相対するフェリシアは、以前の様に逃げようとする姿勢を見せない。
ただ静かに、凛々しく、堂々とした佇まいで怪物を見つめる。
「もう逃げないって、決めたんだ!」
「私は――、」
フェリシアは、肩の高さで手を開き、魔術印を描く。
「私は、アルステラ王国の第一王女フェリシア=エヴァンシール!!」
「泣き虫で弱虫な私は、もう終わりよ!!」
言い放つと、フェリシアは手を前に構える。
額には、まるで"何かの環"を荒らすような紋様が浮かび上がるが、
うまく発動できない。
フェリシアは想定道理と言わんばかりに即座に手を構え直し、
手に体温を集中させる。
血液を構える右手に注ぎますように力を込める。
「"炎投魔術"!!」
呪文を唱えた瞬間、フェリシアの手から燃え盛る火の玉が勢いよく飛び出し、怪物に着弾すると、体ごと燃やし尽くした。
音を聞きつけ、わらわらと怪物たちがフェリシアのいる方へと集まっていく。
「いくらでも掛かってきなさい! 燃やし尽くしてあげる!!」
フェリシアは体の周りに無数の火の玉を作り、怪物一体一体に目掛けて、投げ放つ。
怪物は一体また一体と火の玉に被弾すると同時に燃え上がり、消滅していく。
しかしフェリシアは、床に広がる血に足を取られ、少し怯んでしまう。
「"防護魔術"」
次の瞬間、後ろから聞こえくるムチのしなるような音にフェリシアは瞬時に気が付くと、
体の前で円を描き、一瞬にして自分の体を防護の魔術で防いでみせ、
攻撃してきた怪物に向け、正確に火の玉を放った。
彼女の戦闘センスは魔術だけとはいえ、父親に通ずるものがあった。
あらかた怪物を片付けると、
フェリシアは、アレンを最後に見た王宮の間へと走り出す。
怪物が廊下を徘徊していた事による、不安が過るも、
止まることなく、目的地目掛けて一直線に走り続ける。
王宮の間が近づくにつれ、戦闘音が次第に聞こえてくるようになった。
フェリシアは「もしかして」と逸る気持ちを抑えることなく、そのまま王宮の間へと突入していく。
辿り着いた先で目にしたのは、限界を超えて剣を振るう父親の姿と、
父親の振るう剣と全く同じものを振るいながら、共闘する1人の少年の姿だった。
どちらもだいぶ消耗しており、優勢と言えるほどの勢いはなかった。
フェリシアは先ほど同様、体の周りに火の玉を形成すると、それを頭上に集約し、大きな火達磨を生成した。
少年の正体を確認するには、少し距離があったが、父とともに戦ってくれていると今のところ仮定し、2人に向かって叫ぶ。
「2人共!!大きいの行くから避けて!!」
その声に気づくと、2人は、ワタワタと慌てながら急いで跳んでくる火達磨を避けるようにダイビングジャンプを繰り出した。
着弾した位置は盛大な爆発音とともに燃え上がり、
怪物たちの姿は一瞬で消し飛んでいた。
アレンは、その光景を見ると、一気に脱力し倒れ込む。
すると、自分のマントに引火した火をに気づき、ルークに声をかけ、いそいそと火消しにかかっていた。
そんな2人を確認すると、フェリシアは、
父親に再会したことへの喜びと、家族が皆無事だったことへの幸福感を前面に押し出すように涙を浮かべた笑みでアレンの胸元へと飛び込んだ。
「父様!!」
「良かった……」
自分の胸に飛び込んできたフェリシアを反射的に抱きとめると、
優しく頭を撫でる。
「あの火達磨、フェリシアだったのだな……」
胸に埋めていた顔をひょこっと出してアレンを見あげると、
満面の笑みで「はい!」と答える。
そんなフェリシアの頭をアレンはクシャクシャに撫で回す。
「良くやったぞ……!」
「それでこそ我が娘だ!」
2人は、力強く抱擁し合う。
そんな2人をルークは、微笑ましそうに、少し寂しそうに見つめていた。
たとえ一瞬のものかもしれないとは言え、
再び巡り会えた2人の邪魔をしまいと、少し離れた位置にルークは腰を下ろした。
「良かったね……フェリシア」
フェリシアに出会えて嬉しかったのは、
ルークも同様であったが、今は家族の時間を優先してあげることにした。
ひとり静かに右手を見つめる。
「"創造"……」
「この力を上手く使いこなせれば、腕への負担は抑えられそうだ」
ルークは、
今回は長期戦を終えてだったが、後から来る腕への痛みがないことへの安堵を覚えながらも、1つの疑念にぶち当たる。
「――でもなんで、陛下と同じ剣を作り出せたんだ?」
「この力の源って……」
バチバチと燃え盛る炎は、城の天井高くまで登り上がり、ルークを見下ろす。
それはまるで、この静けさが僅かなものであることを告げるように。




