第31話「揺れる想いと新たな出会い」
休日の約束を取り付けた陽菜は、久しぶりに胸を高鳴らせていた。しかしその一方で、「和也さんはどう思っているんだろう」という不安も胸中に影を落としていた。彼の柔らかな笑顔を思い出しながらも、その奥に隠された本音が見えないような気がしてならなかった。
一方で、陽菜の日常はいつも通りの忙しさだった。マッサージ院「ほぐし庵」では、老若男女さまざまな患者が今日も訪れる。
この日最初にやってきたのは、常連の佐藤信次だった。70歳という年齢もあり、腰痛や肩こりが慢性化している彼は、陽菜にとっては「頑固だけれど憎めないおじいさん」という存在だった。
「先生、最近調子はどうだい?」と信次が言う。
「私は元気ですよ。信次さんこそ、腰の具合はどうですか?」
「まぁな、寒いと余計に痛むもんだ。それでも、ここに来ると少しは楽になる。」
施術台に横たわる信次に、陽菜は腰回りを丁寧にほぐしながら話を続ける。
「それにしても、最近表情が明るくなりましたね。何かいいことでもありました?」
「お前さんに言われた通り、昔の教え子に連絡してみたんだよ。そしたらな、向こうも気にしてたらしくてな。」
「本当ですか!よかったですね。」
「まぁ、あれだな。こういうのはタイミングってやつだ。だが、お前さんが後押ししてくれなきゃ、たぶん俺は何もしなかっただろうよ。」
陽菜は微笑みながら、「人とのつながりって本当に大切ですよね」と静かに答えた。その言葉は、田中との関係について自分自身に言い聞かせるようでもあった。
昼過ぎ、予約なしで一人の若い女性が訪れた。彼女は20代後半くらいで、ショートカットの髪に少し疲れた表情を浮かべていた。
「すみません、飛び込みなんですけど……肩こりがひどくて。」
「はい、どうぞお入りください。」
彼女の名前は遠藤紗英。デザイナーとして働いているという彼女は、仕事の忙しさからくる肩こりとストレスに悩まされている様子だった。
施術中、紗英はふと口を開いた。
「こういうところに来るの、初めてなんです。なんとなく敷居が高い気がして。」
「そんなことないですよ。みんな疲れたときに来る場所ですから。」
紗英は小さく笑い、「なんか、ここに来て正解だったかも」と呟いた。その一言に、陽菜は安心した。
「紗英さん、たまには自分のことを一番に考えていいんですよ。」
「そうですね……そう思えるようになりたいです。」
紗英との会話は短かったが、陽菜にはどこか共感できる部分があり、少し親近感を覚えた。
その日の夜、陽菜は一人、店内の片づけをしながら考えにふけっていた。
「人の心や体をほぐすのは得意なのに、自分のこととなるとこんなに難しいんだな……。」
田中との休日の約束を思い出しながら、彼の優しい笑顔を頭に浮かべる。しかし同時に、紗英の「自分を一番に考えたい」という言葉が胸に残っていた。
「私も、自分の気持ちをちゃんと伝えられるようになりたいな。」
そう思った陽菜は、田中とのデートでどんな話をしようかと考えを巡らせた。




