6-3
「そこまで言うなら、私は口を出さず見守ることにするよ」
イスリスは、ファルマと何やらごそごそ話し合った後、母親の顔になってそう言うと、ユウマの転居を快く認めた。
「ただし、泣かせちゃダメだからね」
泣かせるわけがない。オーファを守ることが、ユウマの本懐である。
固く約束して、彼は一度ギルドを出た。そしてラを解き放つ。
「お前、今からここに侵入して、オーファがどこにいるのか探れ。できれば、イスリスたちとどういう関係にあるのか、詳細が分かると助かる。味方なのか。それとも実は敵なのか。もしもの時は、後先考えなくていい。全て滅ぼしてでも守れ」
ここでいう全てとは、文字通り全てである。
『それはいいが、お前はどうする?』
懐の定位置から地面に下り立ち、ラはユウマを見上げた。
「宿から荷物を持って来る」
『本当に、あの宿を引き払うのか?』
「当然だ。オーファはここにいるんだから。俺がいるべきもここだ」
『急すぎないか? アーリィは大丈夫かな?』
ラは少し哀愁をただよわせた。
六日前、迷宮から戻ってきたアーリィは、ひどい怪我を負っており、疲労で息も絶え絶えという感じだったが、その日のうちに、報告しなければならないことがあると言って、姿を消したのである。
そのまま、まだ帰って来ていない。
『あいつ、帰って来た時に私たちがいないんじゃ、悲しむんじゃないか?』
「そうかもな」
『いいのか?』
ユウマは不審そうに眉をひそめた。
「いいも悪いもないだろう。俺たちが何のために、こんな西の果てまでやって来たと思ってるんだ」
ラは叱られたみたいに首をすくめ、しんなり耳を垂らした。
『そうだな、確かにそうだ。すまん。それに、もう二度と会えないというわけではないだろうしな、すぐ近くにいるんだ。いつでも会えるよな』
自分に言い聞かせているようである。
気に入っている女と離れ、苦手にしている女と同じ場所で暮らさなければならないことに、忸怩たる思いがあるらしい。
ユウマは宿に戻った。
アーリィはまだ帰っていないようだった。引き払う前に、これまで世話になった礼を言えればと思っていたのだが、そうタイミングよくも行かない。
仕方ない。ユウマは宿の店主に言づけを頼んだ。
『大切な用があり、去る。これからはセリン・ギルドの拠点で暮らすつもりなので、何かあれば来い』
質実剛健。一切の飾り気がない、簡潔で分かりやすい伝言であるが、受け取る側の心情にはまるで配慮がなされていない。
もちろん、人の心を慮ることなど、この野蛮な男にできるはずもないので仕方がない。
『オーファは、二階の奥の部屋にいる。そこに行けば会えるだろう。
しかし、今すぐ会っても意味がないぞ。未成熟だ。子を産む準備が整うのに、あと数年かかるだろう。
それにずいぶん弱っているようだ。
八日前、アーリィとあの女が、迷宮の奥で魔族と戦ったという話は覚えているな? オーファは、その魔族にとらわれていたらしい。魔族を倒したアーリィたちに助けられて、どうやら今は、あの女の保護下にいるようだ』
さすがというべきか、ユウマがセリン・ギルドへ戻って来た時には、ラは大体のところを調べ終えていた。
「つまり、イスリスは確かにオーファの味方か」
『うむ。ここにいる限り、差し迫った危険は及ばないだろうな』
「そうか。けど、この前の誘拐事件のようなこともある。今後は、俺とお前のどちらか一人は必ずここにいるようにしよう」
それで、守ることはできるだろう。
時が来れば、子を作らせることもできる。いざとなれば組み伏せてしまえばいいというのが、ユウマの考えである。
しかし、難題があった。
「心を通わせる、か」
『そうだ、それが問題だな』
夢占師から話を聞かされた時には、大した難題とは思わなかった。
それはユウマが、外地にいる人間の多様性を知らなかったからである。
イェルシェドの人間は、彼の故郷にいた者たちとはまるで違っている。
クドの氏族は、あらゆる価値基準をほとんど完璧に共有する、超全体主義的民族である。彼らの生きる目的はただ一つ、ミラの意に沿うことだ。
それはつまり、十三氏族間での飽くなき殺し合いであり、その勝者によるミラの殺害である。
彼らの全ては、その一点に集約されていた。
自分以外の人間が何を考えて、何を欲しているのか、完全に理解していたし、理解されていた。他者は他者ではなく、自己の延長だった。
何をするまでもなく、心は通っていたのである。
イェルシェドに来て初めて、ユウマは他者というものの存在を知った。何を考えているのか分からない人間というのは、彼にはちょっとした恐怖だった。
それでも混乱せずに、これまでやって来られたのは、興味がなかったからだ。他者を理解したいとは思わなかったし、自分を理解させたいという欲求もなかった。
彼は、これまでほとんど自閉的に日を過ごしてきた。
しかしここへきて、そうもいかなくなったのである。
「心を通わすって難しいな。この国の人間が何を考えてるのか、全然分からん。心臓をえぐり出して取り換えるんじゃ駄目かな?」
『駄目だろうな』
間違いなくオーファは死ぬだろうし、ユウマとてさすがに心臓をえぐり出したら、二、三日調子が悪くなる。なるべく避けたい。
「この国の人間たちは、どうやってるんだろう。自分と生きる目的を共有しない人間と、どうやって仲良くすればいいのか」
『アーリィとはどうだ』
イェルシェドで、ほとんど唯一友好な関係を築いている女だ。
彼女とどうやって今の関係を築いたのか考えれば、ヒントになるのではないかと、ラは言った。
考えたが、分からない。
アーリィの場合は、なぜだか彼女の方が初めからやけに好意的だった。ユウマとしては、成り行きに任せていただけである。
「この問題は、一度置いておこう」
『うむ。急いては事を仕損じる。そもそも、オーファはまだ未成熟。今会うことに意味はあるまい。それよりも今は、ここの人間から信用されるようになって、本命に近づきやすい環境を作っておくべきだろうな』
「なるほど」
万が一にも、しくじるわけにはいかない仕事だ。
ユウマとラは、足りない頭で一生懸命、計画を立てていった。




