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6-2

 セリン・ギルドの本部は、壁外都市でも外周部に存在しており、今回の事件でも大した被害を受けていないようだった。

 しかし、ギルドに所属している冒険者たちの中には、怪我をしてしまったものも多くおり、しばらくは運営が大変そうだと、イスリスは言った。

 もっとも、そこに悲壮感はない。


「あの事件をきっかけにして、首都と東部の政争も色々あってさ。首都から、思ったより多くの援助が受けられそうなんだ。しばらくは、何とかやっていけそうだよ」


 場所は前回と同じ応接室である。


「それで、頼みたいことって何なんだ?」


 にこりともせずに言うユウマに、イスリスは苦笑した。


「君はいつも性急だな。私も昔、もう少し余計な会話を楽しめるようになれって、人から言われたことがあるんだ。その時は、どういう意味か全然分からなかったけど、今では、何となく分かる気がするよ」


「そうか。それで、頼みたいことって何なんだ?」


 イスリスは、苦笑を通り越して引きつったような笑みになった。


「これからのことなんだけど……」

「うん」

「今回の事件では、神殿内でも本当に色んなことがあってね、これから、東部神殿の勢力図はかなり変わっていくと思う。

 それにともなって、冒険者たちも変わっていくはずだ。これからは、東部危険域探索より、迷宮探索が冒険者たちの主な活動になっていくだろう。

 もちろん、そんな急に変わるわけじゃないけど」


 自分には全然関係なさそうな話をされて、ユウマは首を傾げた。


「話が見えないな」

「セリン・ギルドも、変わらざるを得ないってことなんだ。

 もともと、私が迷宮探索に入ってから、ここの子供たちの間で、迷宮探索者になりたいって風潮ができていたんだ。そこへ来てこの流れだ。たぶん、もう止められない。

 もちろんうれしくはある。彼らの目標になれることは、とても光栄だ。だけど、やっぱり迷宮はとても危険で、だから私は、彼らの先達者として、できる限りのことをしてやりたいんだ」


 イスリスは身を乗り出した。


「君の素性を、私は知らない。だけどその立ち振る舞いは、明らかに高度な訓練を受けた人間のものだ。君の受けたそれを、ここの子たちにも授けてやってくれないか」


 教育者になれと、彼女はユウマに言っているのだった。


 人選ミスとしか言いようがない。

 さすがのユウマも、これは、自分が引き受けてはいけない類の頼みなんじゃないかと、何となく察するほどだった。


「なんで俺なの?」


 イスリスは、困ったように口ごもった。


「分からない。いや、君にそれだけの力があるというのは分かる。君は、君の年齢からは考えられないほど、洗練された戦士だ。でもそれだけじゃなくて、ただ何となく、君とはどんな形でもいいから、繋がりを持っておいた方がいい気がするんだよ」

「あいまいだな」


 しかし、馬鹿にはできない理由だ。

 時として直感は、何千何万の時をかけた思考をはるかに凌駕して、正解を導き出すものだ。


 だが、どちらにしても、それはイスリスの都合であってユウマの都合ではない。ラへの嫌がらせにしても、そこまでやる意味はない。

 なので答えは決まっている。


「遠慮しておく」 

「待遇は、できる限り相談に乗るけど」

「いや、いい」


 イスリスはため息をついたが、それ以上は食い下がらなかった。断られることは、ある程度予想していたらしい。

 声の調子をがらりと変えて、別の話を始めた。


「今回のことなんだけど、見てた?」

「何を?」

「八日前の戦いのことさ。地上は大変だったそうじゃないか。私はちょうどその時、この街にいなかったものだから、見てないんだけど、君は見たかい?」

「獣とメドヴェの戦い?」

「空から太陽が落ちてきたって」

「ああ。まあ、見てたと言えば見てたかな」


 というか、当事者である。

 イスリスは、かすかに首を傾げた。


「何だか、あまり興味なさそうだね。この話、見てた人は誰でも身を乗り出して話してくれたものなんだけど。レビア神だよ。六千年前に死んだと言われてる神様だ。どうかな。本物だと思うかい?」

「いや、全然思わない」


 八日前に大暴れした獣は、今は彼の懐の中で、いつ差し込まれるか分からない変質者の手を警戒して、身を硬くしている。

 嫌がらせでこの状況を作ったのはユウマ自身なのだが、さすがに少しかわいそうになってきた。


 そろそろ帰ろう。


 だが、ユウマがいとまを告げる前に、部屋の扉が叩かれた。


 女が一人入ってくる。

 十四、五歳の栗毛の少女である。柔らかい印象の美しい少女だった。

 地味な麻の服を着ているが、首に大きなスカーフを巻いており、背伸びしてお洒落しているような、ほほ笑ましいかわいらしさがある。


 少女はユウマに黙礼した後、イスリスに近づき、何やら耳打ちしたようだった。


 ラが、懐の中でもぞりと動いた。


『ユウマ、喜べ。オーファの名前が出た』

「おおう!」


 ユウマはものすごい勢いで立ち上がり、喜びの奇声を上げた。

 異様なハイテンションで、両腕をぐるぐる振り回しながら、少女の前にひざまずいて目線を合わせて、ドン引きしている少女に、胸を張って告げる。


「俺の名はユウマ・トランという。偉大なる《炎神ミラ》の血を受ける十三氏族が一、トラン氏族にて《炎の手》を務める者だ。《ミラ》の名において、お前に頼みがある。俺の子を産んでくれないか?」


 少女の背中は一瞬でピンと立ち、その後、腰が抜けたのかへなへなと崩れ落ちた。

 イスリスが椅子ごと後ろにぶっ倒れる。


『馬鹿、そいつがオーファなんじゃない。オーファという名前を出したんだ。オーファが目を覚ましたと言った。たぶん、ここにいるんだ』


 ユウマのテンションは即座に沈静した。

 一つうなずいて立ち上がり、へたり込んでいる少女に向かってぺこりと頭を下げる。


「ごめん。間違えた」

「な、何をどう間違えたら、そういうことになるの!」


 イスリスが顔を真っ赤にして起き上がった。


「すまん。ところで聞きたいんだけど、」

「待って待って! 流させないよ! 今の奇行についてきちんと説明してよ。ファルマが目を回しちゃったじゃないか!」

「この女は、ファルマっていうのか。なるほど。ごめんな?」

「ああもう! どこまでマイペースなの、君!」


 イスリスが頭を抱えて嘆いた。

 ラが小さく、『そうだろうよ』と同意した。私もいつもそれで苦労させられているんだ。


 二人の嘆きも知らず、ユウマは自分の考えに没頭している。

 探してはならない。ただ自然に生きているだけでオーファと出会う運命にあると言った、夢占師の言葉を思い出している。


 よかった。その通りだったぞ、友よ。


 中空をにらむユウマの視線が、偶然にもファルマを射抜いている。かわいそうに、彼女は顔面を真っ赤にして、半泣きで縮こまってしまった。


 イスリスが慌てて立ち上がり、いたいけな少女を守るためにユウマの前に立ちふさがる。


「駄目だよ! そういうのはもっと大人になってからじゃないと。大体、なんでこんな突然なのさ。こんな強引に迫られたら、誰でもおびえちゃうよ。こういうことには、その、もっとちゃんとした手順があるものだろう? ……タブン」


 もちろんユウマは聞いてない。

 ようやくこの地へ来た目的が始まった喜びで、頭がいっぱいである。これからどうする。ここにオーファがいるということは、俺もここにいるべきだろう。

 

 そのためには……


「さっきの話だけど……セリン・ギルドの子供に、色々教えるって話。あれ、やっぱり引き受けてもいい。その代わり、俺をここに住ませてほしいんだが、どうだ?」


 今の今まで恐ろしいほど頑固であった男が、いきなり百八十度意見を転換したため、イスリスは唖然と目を見張った。

 一瞬、混乱したように視線を泳がせて、そしてはっと何かに思い当たると、ちらりと背後を確認した。


「そ、それは、彼女のために、そうするの?」

「うん」

「どうしてそんな、この子を……」

「それが、俺がここにいる理由だからだ。俺は、彼女を守り、心を通わせ、子を産ませるために、この国にやって来たんだ。ここで会うのは運命だったんだ」


 いささか直接的だが、聞きようによっては、えらくロマンチックなことを言い出したユウマに、イスリスは少し顔を赤らめた。

 その背後で座り込むファルマも、おびえの色を薄くし、代わりに恥じらいを浮かび上がらせる。上目遣いになって、見た目だけは良い黒髪の男を、ちらちら盗み見し始める。


 両者の認識に致命的なずれがあることに、この場の誰も気づいていない。

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