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6-1

 労働の喜びを、初めて知った。それは、自分の働きが認められ、必要とされ、数万という巨大な社会の一員となる喜びだった。


 それを理不尽に奪われて、ユウマは愕然と立ちすくんだ。


「俺は、この都市に必要な人間だって言ったじゃないか」


 話が違うとばかりに詰め寄る新人冒険者に対して、冒険者協会の長であるセドゥ・ランテは面倒くさそうに手を振った。


「状況を考えてモノを言えよ。そりゃあ、あの時はそうだったよ。だが、優先順位ってもんがあるだろう。こっちは今、都市の復興業務でいっぱいいっぱいだ。クソの回収なんて、考える余裕はこれっぽっちもないんだよ」


 今話題の獣様が、派手にお暴れになったからな。

 と、セドゥは冗談めかして言った。


 口調は軽いが、忙しいのは本当らしい。話している間も手を休めず、ユウマにはちんぷんかんぷんな文書をすごい勢いで作っている。


 ユウマには何も言い返せない。すごすご引き下がるしかなかった。

 懐に手を当てて、そこで丸まっている今話題の獣様に、遺憾の意を表明した。


『ごめん』


 毒にも薬にもならない一言が返ってきた。


 裏切られた気分である。

 自分は、新たなギルドを立ち上げて運営していくのを、ことのほか楽しみにしていたらしい。

 と、ユウマは思った。


 協会本部。もはやこんな場所には何の用もない。

 これ以上ここにいても、悲しくなるだけである。

 みじめに肩を落としつつ、ごった返している二階から下りようとしたところで、知った顔と鉢合わせた。


「やあ、ユウマじゃないか」


 全身を包帯まみれにしたイスリス・ローズだった。


「久しぶりだね。というほどでもないかな?」

「うん。十日ぶりくらい?」

「そうか。十日。あれから、それだけしかたってないのか……」


 イスリスは、何やら遠い目をしてみせた。

 そうやって黙って立っていると、やけに絵になるものだが、彼女に対して偏見持ちまくりなユウマには、変態的な感傷に浸っているようにしか見えない。初対面時の印象は、実に大切だ。


「ところで君、今は暇かい?」

「ちょうど暇になったところだけど、どうして?」

「うん。ちょっと頼みたいことがあるんだ。迷宮探索のことじゃない。良かったら、これから私の家に来てくれないかな?」


 会うたび、彼女は誘いをかけてくる。


 ラのことを考えて、ユウマは反射的に断りそうになったが、少し考えて、やっぱり了承することにした。

 懐からラが抗議してくるが、知ったことではない。


「いいの! 本当に?」


 ケダモノへの嫌がらせに使われているなどとは、もちろんイスリスには分からない。彼女は驚き、うれしそうに笑った。

 いつも邪険にされているのに、やけに好感度が高い。


 邪険にされているから、高いのかもしれない。


 二人並んで協会本部から出た。


 向かいの建物の壁には、白い石の破片が派手に突き刺さっている。破片といっても、人間の体よりもはるかに大きい。


 八日前、突如として都市内で巻き起こった戦いの余波で、壁内都市全体に、こうした凶器がまき散らされたのだ。

 被害状況は、今もはっきりしていないが、死者は百人を超える。

 怪我人となるとその十倍以上だ。


 都市の復興と治安の維持にあたる神殿兵と冒険者が、辺りを奔走している。

 住民も不安げに下を向いて、足早に歩いている。何か大きな物音がするたびに、彼らは肩をふるわせて、空を見上げた。落ちてくるものを恐れているように。


 だが、壁外に出ると、そうした光景も一変した。


 人は実に元気だ。

 壁のおかげで被害が少なかったというのもあるし、もともと急造の町並みである。少しくらい崩れたところで、何でもないのかもしれない。


 今回の事件にかこつけて、レビア弁当だの、レビア饅頭だの、レビアのお守りだのといった商品を売り歩いている者の方が目立っている。


 はしっこそうな少女が一人、にやりと笑って近づいてきた。ユウマの首に下げられた牙のペンダントを見とがめたらしい。


「駄目だなあ、そんなパチモンを買わされたんだ。

 レビア神様だよ? その牙がそんな小さいわけないじゃん。私の見たところ、それは犬の牙だね。それも栄養失調の老犬だよ。

 それよりこっち。これは本物だよ。一昨日、戦場跡に忍び込んで、散らばったレビア神様の毛を拾って来て作ったんだ。どうだい? ご利益あるぜ?」


 少女はぼろ布のきんちゃく袋を並べて見せる。


 言うまでもなく、ユウマの首飾りはラの牙から作った品であり、それを栄養失調の老犬と評した少女は、見事な慧眼というしかない。


 ユウマは噴き出しそうになった。

 何とかこらえたが目ざとい老犬は見逃さない。


『何がおかしい』

「いや、べつに。何でもないよ」

『嘘をつくな。笑っているだろう』

「笑ってない」

『ふざけるな、お前、私のことをそんなふうに思っていたのか』

「俺は何にも言ってないだろ?」

『口に出さなくても、お前の考えていることなんて、私には手に取るように分かるんだ。馬鹿ユウマ。ふん。いいさ。今さらお前なんかにどう思われようと、気にするものか。そうやって馬鹿にしてればいいんだ』

「すねるなよ。老犬でも何でも、お前は大切な妹だよ」

『あ、あ! 言ったな! 本当に思ってるんだ。私のこと、老犬って!』

「言葉のあやだよ」

『うるさいっ。きらいっ』


 本格的にすねてしまったラを、ユウマは半笑いでなだめる。

 一方の少女は、目の前でいきなりぶつぶつ独り言を言い始めた男を、薄気味悪そうに眺めている。

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