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5-11

 十数人分の死体が散らばっていた。いずれも眼球をくりぬかれている。


 地底湖の中心には、小さな陸地があった。魔族はそこから飛来したのだ。地上に戻る前に、そこに何があるのか確かめておく必要があった。


 その結果が、死体だ。


 何年もの間、あの魔族が赤い瞳を隠して、人の社会にひそんでこられた理由が、ここにあった。

 老若男女、無差別な死体の数々。


 イスリスは重いため息をついた。

 傷だらけの重い体を無理やり動かして、一つ一つ確認していく。

 遺体の一部と、それから身元が分かりそうなものでもあれば、それも持ち帰って、せめて地上で埋葬してやりたかった。


 子供がいた。十歳にも満たないような、華奢な女の子だった。

 ごくごく最近さらわれてきたらしい。汚れのない、新しい遺体だった。


 こんな子供をさらって来ても、キリムの身体に合う眼球は取れないだろうに。

 やるせない気持ちにさらされながら、イスリスはその子の体に触れた。

 はっと息をのんだ。


 柔らかい。死人の肌ではなかった。生きている?


 首筋に手をやると、確かな鼓動を指先に感じた。


 生きている!


 だが、その体は氷のようで、全く温もりを感じられない。

 少女はほとんど裸だった。素肌が透けて見えるような薄布を、一枚だけ身にまとっている。

 どこかの貴人か。

 死体だらけの石造りの地下に不釣り合いな、少女だ。


 壊れ物のような白磁の体に、強く触れることははばかられて、イスリスはただ両手で少女の肢体をなでさすった。


 イスリスの体温が、触れた所から伝わってゆく。

 少女の長いまつ毛がぴくりとゆれた。蝋のようだった頬が、かすかに色を取り戻す。


 変化は、劇的だった。


 一瞬、状況を忘れて、イスリスは少女の寝顔を凝視していた。

 全身に鳥肌が立った。


 目が離せない。


 命のない人形のようであった少女が、生命力を吹き返して、この世のものではない、匂い立つような、ふるえが来るような、美しさを放っていた。


 少女が小さく身じろぎした。ゆっくり目を開いてゆく。

 まぶたに隠されていたのは、大きな黒い瞳だった。赤くはない。黒い瞳だ。そこに、ぼんやりとイスリスの顔が映し出される。


 悪寒が走った。水底に引きずり込まれるような息苦しい緊張にさらされた。鼓動が耳の奥に鳴り響いているのを、他人事のように感じる。


 十歳ほどの、少女だ。そのはずだ。

 しかしこの眼差しは……。


 二人はしばらくの間、どちらも放心して見つめ合っていた。


 先に我に返ったのは、イスリスだった。彼女は息を整え、ようやく声を絞り出した。


「だ、大丈夫……?」


 少女は、それでもまだ夢の中をのぞいているようだったが、何かをきっかけにして、すっと焦点が合った。

 とたん、少女からにじみ出していた神秘な空気がするりと抜け落ちて、彼女は初めて、年相応の少女になった。


「あ、……」


 彼女はするどく息を吸い、目を見開いた。

 全身を硬直させて、激しくふるえ始めた。それはいかにも、この年頃の少女にふさわしい反応だった。


 イスリスは、慌てて少女の小さな体を抱き寄せた。


「落ち着いて、大丈夫だから。ここに、君を傷つけるものはもういない。私が君を、必ず守るから。約束するよ」

「ここは。ここは……」


 うわ言のように、少女は言う。


「大丈夫、安全な場所だよ。まずは君の話を聞かせて。名前は? お母さんかお父さんのことは分かる? どこに住んでるのかな? 好きな食べ物は?」


 彼女の意識を、恐怖からそらさなければならない。思いつく限りの質問を、次々投げかけていった。

 しかし、少女は痙攣しているように首を振るばかりである。


「分からない。私、何も……」


 衝撃的な恐怖体験にさらされて、記憶が混濁しているのかもしれなかった。

 一刻も早くこの場を連れ出してやるべきだった。


 イスリスは少女を横抱きにして持ち上げた。羽のように薄く、軽い体だ。イスリスの体温を逃すまいとしてか、少女はひしとしがみついてきた。


「私、名前は……」

「いいよ。無理に思い出さなくていい。家に帰ろう」


 少女は首を振ったようだった。ふるえは少し治まったようだ。

 嗅いだことのない甘い香りが、イスリスの鼻腔に触れた。


「だい、じょうぶ」

「名前、言えるのかい?」

「名前――私は、オーファ……」

とりあえず一段落というところです。


感想にて指摘いただいた部分の改訂にかかりたいと思いますので、

次回更新は、二、三日後になります。

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