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「そこを何とか頼めないかな?」
ごく当たり前の顔をして、無茶苦茶なことを言っているのは、ユウマ・トランという名前の新人冒険者である。
完全に貧乏くじだ。ミリシアはため息をついた。
神殿が、突然迷宮の入り口を封鎖したのだ。
その警備が、どうやら神殿兵だけではまかないきれなかったらしく、冒険者協会に緊急公募が来たのである。
それで、彼女は現場に急行したのだった。
共同で迷宮入り口を警備する、神殿兵と冒険者の折衝のため、話し合いを持つ必要があった。
そんな重要な話し合いに、なんで一受付にすぎない自分が参加するのか。大いに疑問だったが、向こうの言い分を全て飲むだけだからと、ランテ協会長に押し切られたのだ。
余計な仕事を抱え込んでしまう自分の性格が、恨めしかった。
その性格のせいで、今も面倒に巻き込まれている。
話し合いを済ませ、協会に戻ろうとしたミリシアは、一人の少年冒険者が、神殿兵に絡まれているのを見かけたのだ。
よく知った冒険者だった。
無謀で向こう見ずで、いかにも危なっかしい少年冒険者である。
余計な肩入れをしている自覚はあったが、放っておけず、声をかけてしまったのだ。それが運の尽きだった。
事情を聞いてみると、何のことはない、悪いのは完全に彼の方だった。
立ち入り禁止の区域に勝手に踏み込もうとしたあげく、注意されても全く悪びれず、その場に留まらせてほしいとわがままを言っているのである。
付き合わされている兵士たちの方が気の毒なくらいで、事実、ミリシアが知り合いだと知るや、対処は任せたと言って、兵士たちは持ち場へと帰っていった。
「ここにいるだけなんだけど」
「駄目に決まってます。あんまりわがまま言わないの」
「駄目でも何でも、居座りたいんだ」
ユウマは呆れたことを言い出した。
ミリシアは開いた口がふさがらない。どんなふうに生きてきたら、こんな子供じみたことを平気で要求できる人間になるのだろう。
改めて、目の前の少年冒険者をまじまじと見つめる。
珍妙な格好だが、冒険者としては格段に身ぎれいである。
山の民。それも、故郷の集落では相当な地位にある一族の子供だったのだろう。甘やかされて育ったのに違いない。
どことなく浮世離れしているのはそのせいか。
しかし、そうかと思えば、誰もが嫌がる糞便回収業務を嬉々としてやる辺り、かなりの変人でもある。
だから憎めないのかもしれない。
「とにかく、行きましょう。いつまでもここにいたら迷惑だからね。一人で帰れる? どこで寝泊まりしてるの?」
「帰らないって。やることがあるんだ」
「やることって?」
「迷宮から化け物が現れるかもしれないから、逃がさないように見張っててくれって、人から頼まれてるんだ」
ミリシアは沈黙した。
あり得ないことだ。迷宮から魔獣があふれてくるなど。
シルダットの魔獣は、瘴気がない場所では生きられない存在だ。呪いのない地上に出てくるはずがない。
それでも、一笑に付す気になれないのは、彼が、あのイスリス・ローズとやけに親しくしている姿を目撃しているからである。
ここ数日、イスリス・ローズの周りはやけに騒がしい。そしてその騒がしさの原因は、まるでもれてこない。
この少年は、何か公表されていない情報を聞かされているのかもしれない。
イスリス・ローズの名前から連鎖的に、先日の痛ましい事故も思い出してしまい、ミリシアはずんと胃が重くなった。
あの時も、彼女は貧乏くじを引かされた。
《赤錆》の魔導士。それは恐怖の象徴だ。
もちろん殺されると思ったし、今でも夜は、眼球をえぐり出される夢を見るので、うつ伏せになっていないと眠ることもできない。完全なトラウマになっている。
どうして私ばかりこんな目にあうんだろう?
もう、何も聞かなかったことにして帰ろうかと一瞬考えたが、しかし目の前の世間知らずな子供が危ないことに関わっているなら、何とかしなくちゃいけないとも思う。
ミリシアは煩悶した。
「ね、ねえ、ユウマ君? なんで君が、そんな危ないことを頼まれるの? 誤解は解けたんだよね? ローズさんと一緒に迷宮探索してないもんね? 君、レビア神の祝福なんて持ってないもんね? ね?」
何言ってるんだ、こいつ。という目でユウマから見られて、ミリシアは泣きたくなった。
しかし心を奮い立たせて、言葉をつむぐ。
「君は知らないと思うけど、今ね、ローズさんの近くにすっっごく危ない人がいるの。ローズさんはとてもいい人だけど、無自覚に危ないことに突っ込んじゃう癖があって、彼女はすごく強い人だから、それでも大丈夫なんだろうけど、だけど君はそうじゃないでしょう? 君、今ものすごく危ないことに関わってるんだよ? 自覚してる?」
「よく分からない」
「もう、なんで!」
「ローズって、イスリス・ローズのこと? なんで今あの女が出てくるんだ。ここで見張っててくれって頼んできたのは、あいつじゃないよ」
「え? あ、あれ?」
ミリシアは一瞬混乱した。
確かに、彼はイスリスの名前など出してない。彼女が勝手にそう思い込んだだけだ。
空回りしていたのを自覚して、顔が熱くなった。
「それじゃ、誰に言われたの?」
恥ずかしさをごまかすように言った。
今回の騒ぎにかこつけて、適当な作り話をでっちあげて吹聴した、お祭り好きの罰当たりでもいたのだろうか。
どこのどいつだ、こんなお馬鹿一直線な子にデタラメを吹き込んで、私の胃壁をがりがり削ってくれたのは。
文句を言わなきゃ気が済まない。
むしろ一発引っぱたいてやろう。ミリシアは固く心に誓った。
ユウマは答えなかった。迷宮入り口の方を振り向いた。
間を置かず、そちらから兵士たちの困惑のどよめきが伝わってきた。
「何かあったのかな?」
ミリシアは、背伸びして様子をうかがう。もちろん何も見えない。
ユウマが無言でそちらに向かおうとしたので、彼女はあわてて止めた。
「駄目だよ!」
「何が」
「立ち入り禁止なんだってば!」
その間にも、周囲はどんどんあわただしくなってくる。
ミリシアの胸に、悪寒が迫ってきた。
慣れ親しんだ感覚、しかし、戦争が終わって遠い記憶となっていたはずの感覚だった。
何かが起きている。
まさか、この子の言っていたことが本当に?
「俺のことは、もう放っといてくれないかな?」
「駄目だよ。危ないよ!」
不意に、ユウマが手を伸ばしてきた。頬に添えられる。温かい手だった。
「な、何を?」
思いがけない展開に息を止めた彼女の顎に、次の瞬間、強い衝撃が走った。天地がひっくりかえったような衝撃。
ミリシアはその場に崩れ落ちた。
『すまんな。今は、お前は邪魔なんだ』
声が聞こえた。
耳からではなく、頭の中に直接響いた気がしたのは、意識が朦朧としているせいだろうか。
何も考えられない。景色がぐるぐる回って、全て闇に包まれた。
最後に、毛むくじゃらの巨大な獣を見た気がした。




