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4-9

 剣の血を払って鞘に納めて、ついでに右腕に食い込んだオラクの剣も引き抜く。

 血がひと筋流れたが、それはすぐ止まった。


 肉がうねって盛り上がり、傷口を覆っていく。湯気を上げて肉体は再生してゆき、ほんの一呼吸ほどの間に、傷はその痕跡ごと完全に消えていた。


 代わりに、小腹が空いた。


 ユウマは、目の前に散らばる肉片を適量切り取って焼きを入れ、食べ始めた。

 筋張っており、あまりおいしくない。

 この国へ来て以来、思わぬ美食続きで舌が贅沢になっているせいかもしれなかった。


 ラが、闇の中からのそりと現れた。

 かなり大きな姿に変じており、口に子供を一人くわえて引きずっている。


 子供は派手に悲鳴を上げてもがいていたが、膂力に歴然の差があり、まるで抵抗になっていなかった。


『その男、前に会ったやつだな。手ごわかったか?』

「いや、全然。この国の人間はちょっと非力すぎるな。あと、肉があんまりおいしくない。そいつは?」


 ラは、子供を乱暴に投げ出した。

 十五、六歳ほどの幼げな少年だ。体格は華奢で、見た目もまるっきり少女のようだが、確かに男だ。

 身のこなしはするどく、受け身を取ってすぐに跳ね起きた。

 闇の中で輝く金色の瞳をしている。


 彼は、身の丈を超える巨大な獣と、その後ろで焼き肉をもぐもぐしている男を、恐怖の目で見た。

 低い姿勢になり、地面を蹴って逃げようとしたが、ラの前足で押さえられ、あっけなく潰された。

 ふぎゃッと悲鳴を上げる。


『お前とその男の争いを、離れたところからうかがってたんでな。捕まえておいた。おそらくトリニア・ギルドの人間だろう』

「トリニア・ギルド。二人来てるんだっけな。こいつと……」


 と、ユウマは手に持った骨付き肉を掲げて、続いて少年を指さして、


「そいつか。残りの男は?」

『たくさんいたが、どいつも何の力もないただの肉のかたまりだった。一応、全員バラバラに引き裂いておいたが、そこまでせずともよかったな』

「さらわれた子供は?」

『それは、私たちが手を出すことではあるまい』

「まあ、そうか」


 ユウマは大腿骨をきれいにして、放り投げた。

 人骨は空中で発火して一瞬で灰になり、風に流されていった。


 ラの足もとを見る。

 少年は、暴れても無駄と悟ったらしい。息を荒げ、視線だけをさまよわせ、状況をうかがっている。


「で、そいつはどうする? あんまり肉付きはよくなさそうだけど、この肉よりは柔らかくておいしいかな? 帰りに塩を買って、保存食にしようか」


 少年がわめき声をあげて、再び大きく暴れ始めた。


『やめてやれよ』


 ラが呆れたように言う。


『こいつは殺さず、身動きを封じるだけにしておけ。情報など吸い上げられるだろう。殺してしまえばそこまでだ』


 そういえば、この誘拐事件には何やら裏があるというようなことを、酒場の店主が言っていたのである。アーリィは、その裏とやらに興味があるようだった。


「そうだな、殺すのはやめようか」


 と、言いつつ、ユウマは剣を抜いて少年に近づいてゆく。

 少年が顔をひきつらせた。


「な、なんで。殺さないって!」

「うん。けど、逃げられると困るから、手足を切り落として、簡単に再生しないように傷口を炭になるまで焼いておこうと思って」


 おびえる少年を安心させようと手順を説明するが、彼はいよいよもって必死になって、手足を振り回した。


「やめるです! 助けて! 暴れない。逃げないから!」

「そうか」

「本当ですよ! 信じるです!」

「信じるよ。大丈夫、すぐに終わるから」

「話を聞いてるですか!」

「聞いてるよ」


 もちろんユウマは聞いてない。


『ユウマ、ここの人間は、肉体的にすごく弱いんだぞ。四肢など断ち切っては、下手をすると死んでしまうかもしれない』


 それでユウマはようやく足を止めた。目を丸くし、首を傾げる。


「手足だぞ?」

『手足だ。さっき私が殺した男が、そうだった。ちょっと引っかいただけで、手足がちきれて飛び散った。ひどく泣き叫んで、そのうちに動かなくなった。死んだふりかと思ってバラバラにしたが、必要なかった。本当に死んでいたんだ』


 ユウマは頭痛がしてきた。


 この国の人間は、何を考えているんだろう。死を異常に怖がるくせに、手足を失っただけで死に至るなど、不条理極まりない。

 死にたくないなら死にたくないなりに、そういう弱点は克服しておくべきじゃないのか?


「こいつらは、人を生かして捕らえる時はどうしてるんだ? それとも、捕まえることなんて考えず、常に皆殺しにするのかな?」

『さあな。四肢の骨を粉砕しておくとかじゃないか?』


 ユウマはむっとした。


「おい、俺を馬鹿だと思ってるだろ。適当なことを言うなよ。骨なんて砕いたところで、意味なんてないだろう。ちょっとじっとしてたら、すぐにくっつくじゃないか」

『うむ……』

「くっつくわけないですよ!」


 とうとう現地の人間から物言いが入った。


「くっつかないの?」

「当たり前です! どこのびっくり人間ですか。い、いや、アルデアの騎士様なら、そういう人もいるかもですけど、僕は違うです。普通よりは怪我の治りも早いですが、それでも骨が折れたら、最低でも何日かはかかるですよ!」

「つまり、今ここで、お前の両手足の骨を木っ端みじんにしておけば、何日かは無力化できるということかな?」

「そうだけどそうじゃない!」


 それから、命を懸けた少年の説得により、イェルシェドでは人を拘束する際、普通は頑丈なロープを使うのだという知識を、ユウマたちは得た。

 ロープを持ってないと言うと、少年は自前の鋼線入りのロープを取り出して、決して抜け出せないという拘束術を分かりやすく解説してみせたうえ、我が身でもって実践させた。


「これで大丈夫。僕はもうぴくりとも動けないです。ほら、こんなことしても。ロープは全然ゆるまないですよ。ね、だからね、その剣を納めて。ね?」


 言われた通り、ユウマは剣を納めた。

 ここまで世話を焼かせておいて、やっぱり手足を燃やそうとはさすがに考えない。

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